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1958年4月発行 読谷村だより / 3頁

社会福祉事業研修通信(第三号)

〔22号2ページの続き〕

(2) 厚生年金制度
(3) 船員保険制度
(4) 失業保険制度
 以上の中、外食券食堂のごときものは、必ずしも社会事業とはいえない。それはいわゆる生活線以下のものを対象としているものではないからである。しかし以前は他の一般食堂に比して安価であったし、良質であり、かつ公営の場合が多かったので、公衆食堂として、社会事業分類の中に入った時代もあった。同時に社会保険事業は国の積極的な施策であって、社会政策の部門に入るのが至当であるが一応ここにかかげた次第である。
 社会と社会政策との区別は前者が主として消費的存在を対象とするのに反し、後者は生産的存在を対象とすることによって、区別されることが多い。然しこれでも両者を判然と区別することは困難である。」
 今まで書きました事は一月二四日と一月三十一日の「社会事業の理念」として講義されたノートを整理したものであります。第一期においては以上の外に社会政策論、社会保障論、社会福祉行政論、グループワーク、等についての講義がありましたが科目別に御報告申上げる事は困難のようですからゆっくりと報告する事に致します。
 次に行はれる予定の科目は「社会調査、統計」「施設管理」「医療知識」三科目が二月三日~二月八日までに開講される予定でありますので第三号はこの位で失礼致します。

(第四号)
 研修第一期の最終日にあたる二月一日(土)は都内観光で一日を楽しくすごしました。一人あたり三八○円(日円)で朝九時から午後の四時三十分まで、靖国神社~国会議事堂~皇居前~神宮外苑~明治神宮~羽田飛行場~泉岳寺~勝鬨橋~銀座~日本橋~浅草~上野~東京大学~研修所と随分長いコースをガイドの説明を聞き乍ら楽しい観光でありました。二月三日から愈々研修第二期に入るわけでありますが、第一期で開講された科目で社会保障論、社会政策論、社会福祉行政論、グループワークの五科目についてはまだ報告を致して居りません。連日六時間の講義でありますのでノートも尨大なものになっています。その要点だけでも研修通信として御知らせしようと企てたのが無理だったようです。それは講師の御話が一つ一つ皆大切な事ばかりであるからであります。でも一応始めていますので出来るだけ続けようと思います。ただその場合あまり堅い事ばかりで皆さんが読んで下さるかどうかという事ですが、すこしがまんして読んで戴き度いと思います。では今日は社会保障論についてノートを整理してみましょう。
 社会保障論は早稲田大学助教授佐口卓先生によって一月二十四日(金)の午前、二十五日(土)の午前二十七日の午後の三回に渉って九時間の講義が行はれました。「いわゆる社会保障とはなにか」といふ事から始まります。「社会保障とうふ言葉は比較的新しい言葉であるので社会保障を論ずる人々の間でもいろいろ解釈が行われていて、どちらかといえば乱用されているようである。通常の場合、形式的に社会保障とは各種社会保険と公的扶助とを自括したものといわれているが、単に社会保険と公的扶助とを、一つにしたものではなく、広い意味での社会保障は制度的には救貧法~社会保険~社会保障とい変遷をたどっているがしかも社会保険法が実施されたからといって救貧法がなくなったわけでなくまた社会保障という名称の登場によって救貧法が消滅したわけでもない。選挙演舌によく社会保障が行われたら直に社会から貧困が無くなり明るい社会が出来あがると思ふのは早計であって、人によっては国民生活の万能薬であるかの如く解くものがあるがけっしてそのようなものではない。
 しかし社会保障という制度は国民生活の窮乏という結果に対してなされた制度である。社会保障には大きな制約と限界がある。との事であります。」
社会保障の要件として次の如く説明がされています。
一、国家・・・主体
二、全国民・・・容体
三、最低生活・・・内容
社会保障制度が最も整備実施されている英国では「ゆりかごから墓場まで」といはれ出生から死に到るまでの保障という事が配慮されているとの事ですが、人間は一生の間に二度自分だけでは生存出来ない時期があるそれは幼児期と、人生たそがれの老年期の二回で労働力を有しない時期である生活保護はこの労働力をもたない人達を中心に行われなければならないのであるが、現在の被保護世帯主の2分の1は労働力を持っていながら保護されているのが実状である。この労働力を有する人達に対して何等かの方法が考えなけれならない。日本の貧困が停滞し固定化しているといはれるがそれは賃金が安いか、或は子供が多すぎる、或は雇傭力がないか等によるものであって、これらの問題が社会保険にしわよせとなって公的生活保護となってあらわれてくる。全国の労働の人口が生活保護法により保護されるようにならなければならない。公的扶助の最低生活基準は労働力の再生産の可能でなければならない。労働力の支出消費は賃金を得る処の生産であり、日常必需品の消費は労働力の生産である。主婦の家事は家族の労働力生産のための役割は大きく、それ自体生産である。子供は将来労働力である。老人は労働力の点からみれば老廃労働力で生産の対象にはなり得ないが道徳的な敬老思想によって老人ホームや敬老院(養老院的な考えではない)国家がこれを自らの手で経営されねばならない。社会保障の要件を要約すると、文化的な最低生活基準に達しないものはこれをその線まで引揚げ個々の能力に応じた高い生活を営ませ、従来の生活が維持出来るように保険と公的扶助の二段構えをもって、いる制度で労働対策の社会保険失保、船員保険等、貧困対策としての公的扶助の二つの制度の混全一体によって出来ていけなければならない。
 次は社会保障の本質でありますがこれは、法律的、経済的、社会経済的の三つに分けて説明がなされています。即ち法律的には基本的人権である生存権をおびやかす傷害を除去することである。労働権、労働全収権、生存権は国家がこれを認め保障されなければならない。経済的には国民所得の増大をはかりつつその配分が適正に行はれ国民の購買力の増大を図り社会経済的には貧困の増大は社会秩序を破壊するのでその固定化を防ぐ政策が樹立されねばならない。
 要するに、国民の失業疾病その他の原因による所得中断を補填し老令対する準備、生計中心者の死亡にたいする補填、出産、葬祭、結婚に対する準備等の所得の確保する事がねらいであり最低限の所得を公的責任において保障する制度と解してよいようです。
(次号へつづく)

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