援護窓口
戦争参加者申立書
遺族年金弔慰金請求書
を早く提出しましょう
私たち沖縄にも遺族等援ゴ法が施行され事務を執るようになってから、もはや六ヶ年を数えるようになりました昨今、此所に私達読谷村の援護事務をのぞいて見よう。
読谷村では一九五四年四月以来専任職員二人で以つて現在までに調査関係(公報が発行になるまでの事務)弔イ金、年金葬祭料、公務扶助料(恩給)請求事務が殆ど八○%までが処理され一九五八年三月末日現在で総受給額七三、七○○、○○○余円で実に多額のお金が一家の柱と頼む夫や子を亡くした遺族へ支払はれております。
しかし今此処に残りの二○%を如何に早期処理するか、又来年三月三十一日で時効と云う問題等で今一段と村民各位並びに遺族の方々の絶大なる御支援と御協力を事務担当しているものとして此所に御願い致すものであります。
一、戦斗参加者申立書の早期提出について
申立書を提出すべき人は、国民徴用令により徴用を受けた者及び軍の要請又は命令で戦斗に参加して死亡した者並びに受傷した者で年令等の区別はありません。その範囲としては沖縄戦(沖縄地域)外地戦(南洋、比島其の他の地域)で次の各々の項に該当するものは早目に読谷村役所援護係へ申し出て下さい。
1義勇隊2直接戦斗3弾薬食糧患者等の輸送4陣地構築5炊事救護等雑役6食糧供出7四敬部隊への協力8壕の提供9職域(県庁、報道関係)10村長区長としての協力11海上脱出者のくり舟輸送12特殊技術者13馬糧蒐集14飛行場破壊15集団自決16軍人軍属への道案内17遊撃戦協力18スパイの嫌疑による斬殺19漁ろう勤務20勤労奉仕作業21其他軍に協力したもの
二 遺族年金弔イ金請求書の早期提出について請求書を提出すべき人
1一九五二年四月一日(昭和二十七年)以前に戦死公報を受けたがまだ遺族年金弔イ金の請求をしてないもの
2 戦斗参加者として該当確定したもの
右のような遺族は一九五九年三月三十一日(来年三月)までに遺族年金弔イ金の請求をしなければ時効になり折角の援護金が貰えなくなりますから、速急に役所援護係へ申し出て請求手続きをして下さいますよう特に申し上げます。
それに援護法の時効については新聞紙上や各報道関係からも報じられているように来年一九五九年三月三十一日で時効にかかると言はれていますが此処に援ゴ課長山城清菊氏の「時効の解説」の一端を記して参考に供したいと思っています。
「時効の解説」
戦傷病者戦没者遺族等援ゴ法第四十五条は傷害年金傷害一時金遺族年金又は弔慰金を受ける権利は七年間行わないときは、時効によって消滅するとありますがこの七年間というのは援護法施行(昭和二十七年四月一日前に死亡確認されている者に対しては昭和二十七年四月一日から七年間でありますが沖縄関係などのように数年遅れて死亡公報が出た者に対しては、権利を行使し得るその公報がでたときから時効は進行する解している。
ここで問題となるのは、援護法による一般戦斗参加者の時効でありますこの場合軍人軍属ではないから当然死亡公報の発行はされません。従って時効は援護法施行の昭和二十七年四月一日から七年間と解している戸籍の死亡処理は遺族の届出によって戸籍の抹消がなされているので援護法の施行から戦斗参加者として弔慰金請求ができたわけです。ところが沖縄の場合は、軍人軍属の復員処理年金弔慰金恩給其の他各種援ゴ事務等山積していたので一挙に実施することは事務的問題と又一つには沖縄関係戦斗参加者の取扱方針と基礎調査が早期に出来ない現状にあったのであります。こうして一九五七年(昭和三十二年)四月厚生省より三事務官の派遣によって基礎調査が行われ、同年八月本格的事務開始に至ったのであります。
以上の法的解釈から来年(昭和三十四年)三月三十一日までに権利を行使しないときは弔慰金を受ける権利が消滅することになりますので遺族関係者の早急な手続を要望する。と解説されています。援護法による遺族年金(生活保障的な意味で支給される年金)弔慰金(弔慰の意味で支給される一時金)葬祭料等傷害年金(仕事につけない傷イ軍人や柱と頼む夫を子を失い苦しい生活に直面して居られる遺族を一日も一人の洩れなく援ゴの恩典に浴させたく今一段と迅速且つ正確な事務処理するよう努力する処心であります。