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1961年10月発行 読谷村だより / 4頁

敬老金を贈られて

敬老金を贈られて 
知花英康
 去った九月十五日としよりの日に、区長が私宅にみえてのし袋に表には敬老、裏には俳句二首(一、手をひかれ、育ったその手で、老の手を。一、としよりに、いつも笑顔の、よい家庭。)が書れた袋を渡された。中には一弗紙幣が二枚入って居る。私は自分では、まだ成年期だと思って居たのに今年満八十才になるので村内の満八十才以上のとしより二百二十五人の一人として村からこの敬老金を贈られたのであり、村当局が平素老人心理や社会秩序の保持に考慮されて居る事を感謝し有り難く頂戴した。戦後思想の混乱から老人軽視の傾向があって、全国的に社会問題、政治問題となって居たが、近頃本土を始め沖縄に於いても敬老問題が持ち上り、色々の施設が講ぜられつつあるが特にわが読谷村が本年からこの敬老金の贈呈を実行せられたのは単に村内のとしよりに対する儀礼たるのみならず、ひいて、全沖縄の社会改善に及ぼす影響が偉大であり是によって老人軽視の戦後派的悪風を一掃し、老人と若者がお互に敬愛して明るい、住みよい郷土が出来、ほんとうに生甲斐ある生活をして、天尋を売うすことが出来ると信ずるのであります。
 御承知の通り人生は幼年期(一才-六才)少年期(七才-十五才)青年期(十六才-三十才)壮年期(三十一才-五十才)成年期(五十一才-八十才)老年期(八十才以上)の六期から成り、今の若者もいつかは老人になるので「見るうちに娘は嫁と花盛り、嬶としぼんで婆となりけり」と云う歌もあり、又「親を困らせていると自分が親になって困らねばならぬ」という標語もある。それで老人も若者も互に親しみあって天尋を完らする計画が必要だと思う。曽って私が知って居た田場という老翁は九十才になっても尚かくしゃくとして若者をしのぐ程でしたので或る人が老翁に向い」おじさんはどんなごちそうを召し上がってそんなにいつも元気ですか」と聞いたら老翁はカラカラ笑って、「私はいつも挨拶のごちそうして居るからです。」と答えられたがこの実例は日本の長尋村として有名な広島県の立花村や千葉県の西崎村にも「挨拶のごちそう」という言葉がある。
 「にこにこは、にこにこを生む家の中、親子にこにこ、夫婦にこにこ」と云う歌もあるが斯る雰囲気の家庭や社会こそ真に住みよき郷土であると思う。それで私は今回戴いた敬老金は私の幼年時代祖父母から受けたあの恩愛を思い出し、お正月に小さい孫等へのお年玉や或は、それ等が入学、進学のお祝に鉛筆等買って与え、その笑顔を見たいと思います。

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