新春を迎えて
読谷村長 古堅宗光
明けましておめでとうございます。
謹んで新年のおよろこびを申し上げます。
去る年は、二十七年有余にわたる米国統治から、私達が待ち望んだ祖国復帰が実現した世がわりの年でありました。
「昭和四十七年五月十五日」この日を私達は歴史にまたみずからの心に強く刻み込んで、祖国復帰に傾けた情熱とともに、いつまでも大事にして郷土建設の力にしなければなりません。
顧みますと、昭和十九年十月十日の空襲で、もはや敗戦が濃厚であった沖縄戦前夜をにおわす悲壮感のみなぎるなかで迎えた、昭和二十年の正月から数えて、実に二十八年ぶりに同主権のもとで、全国民といっしょに迎える新春であります。この意義は大きく、よろこびもまたひとしおで、感激を新たにするものであります。しかし、昨年は「復帰実現」の記念すべき歴史的年ではありましたが、復帰前の準備と復帰後の緊急対策等に忙しく、新生沖縄建設の槌音はいまだ遠く、その余韻も小さいものでありましたが、輝やかしい昭和四十八年の新春のことおぎとともに、その槌音のいよいよ高らかに鳴り響くことを願うものです。
新年は、復帰後の政府の政策、県の事業また、村の事業についても、本格的に具体的にスタートする重要な年であります。
同様に、村民一人ひとりにおかれましても「一年の計は元旦にあり」という月並みのこととは別の意味において、復帰後はじめて迎える新年は、みずからの心に言聞かせて新たな決意をしたいものであります。
おわりに、昭和四十八年の新春を心から祝福申し上げますとともに、村民の御健康と御多幸を祈念申し上げまして、新年のごあいさつといたします。
新年の挨拶
村議会議長 知花平良
光陰矢の如しと復帰の年一九七二年(昭和四七年)も夢の間に過ぎ去り、ここに新しい年を迎えるにあたり本紙を通じて村民各位に謹しんで新年の御祝詞を申し上げます。
村民の皆様明けましておめでとうございます。
去る年は、県民願望の祖国への復帰は叶えられましたが復帰に伴うすべての激変は県民に大きな衝撃と損失を与えた多くの多事多難の激動の年であり、その一例を挙げますと、一ドル対三〇五円の通貨の切替えによる県民の損失、復帰後のドル経済から円経済への以降に伴う諸物価の高騰、公用地暫定使用法の適用、これによる土地契約者と土地契約拒否者のトラブル等復帰をよろこび記念すべき年とはいうものの県民を満足させる最良の年ではなく、多難激動の年であったかと思います。
復帰後はなお困難な諸問題がわれわれの目前に山積されています。基地存続の中においての本村の開発、基地開放後の後地利用、企業誘致問題、農地法を初めその他諸法規の適用等、県は勿論本村の進路は今年も又けわしいものであると思慮されます。
幸にして本村の経済開発基本構想の厚生文化都市、工業公園計画は、県や国が強くこれを支持しております。しかし、如何に素晴らしい計画であろうとも村民の協力がなければなしとげることは不可能でありましょう。
本村の計画を成功させ復帰後の不満な諸問題を解決し住み良い豊かな村を建設することは、今年も新年頭初から村長を中心に村民相互の信頼を深めて冷静な判断のもとに広く活動を続けて行くことによってすべての難問題を解決し、今年こそ本村の発展につながる希望に満ちた最良の年にすることができると信ずるものであります。
われわれ議会も今後なお激変する諸情勢に対応して復帰後の難問題解決に最善の努力をおしまなく本村発展のために村民の代表機関としての責務を果たすことをお誓い申し上げ何卒今年も村民各位の倍旧の御指導と御協力をお願い申し上げます。
千年経る松も 過ぐて春来れば
緑さし添えて 若くなよさ
この琉歌のようにわが村のご老人の皆さん「御若年御迎い召しようち、御年御若く御ない召しようり」
ここに希望の昭和四八年の新春を迎えるにあたり村民各位の御幸福と御繁栄を心から祈念致しまして年頭にあたりいささかな所感の一端を申し述べ新年の御挨拶と致します。
◆みんなでつくろう若夏国体◆