読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1974年1月発行 広報よみたん / 6頁

成人の日を迎えて 宇座出身 知花美代子 成人を迎えて 渡慶次出身 与那覇末美 成人の日のよろこび 瀬名波出身 金城洋子

成人の日を迎えて 宇座出身 知花美代子
 私にとって「成人」とは憧れや希望その他すべての期待を象徴する言葉であった。
 今まで何をするにしても中途半端に終わってしまう、そんな時「二十歳になったら・・・」と思ったものだ。
 その憧れの「二十歳」になった今、「実感としては?」と問われてもすぐには答えることができない何かしら言葉では言い表せないものがある。
 しかし一月十五日成人の日のこの式典に参加して始めて「成人手帳」なるものを手渡され大人としての権利である「参政権」が与えられたのだと思うと私も今日から社会人として又一人前の女性として接してもらえることに一種の緊張感と嬉しさの入り混じった複雑な気持ちになった。
 学生時代には自分の意志を素直にぶっつけ合いそして議論をかわしてきたのに一歩社会に足をつっこんでからは自分の意志を!理性を!押さえなくてはいけない様なことにもぶつかってきた。
 「信用は無形の財産なり」ということわざにもある様に社会に於いて他人から尊敬あるいは信頼されることは決してたやすいことではない信頼や尊敬は他人から与えられるものでもなく自分自身で作り上げていかなければならないものだからである。
 成人となった今日、成人としての自覚と責任ある行動を通して成人の誇りと自信を持ち得る人間になりたい。
 大人としての第一歩をふみ出した私達、まだまだ人生の若輩ではあるけど若さの持つ良さと先輩の忠告に素直に耳を傾ける誠実さを持って、諸々の出き事に立ち向っていきたい。
 恋も仕事も友情もめまぐるしい索漠とした現代だからこそ大切にしていくべきものと思う。
 「一日一日を真剣に生きていきたい」というのが、成人の日を迎えての私の感慨である。

成人を迎えて 渡慶次出身 与那覇末美
 二〇才の誕生日を迎えて半年、大人の仲間入りだと言われて、妙に意識するようになった何かしら知れない大きな喜びと、期待、そして不安、これを起点に、もっと自分の生き方を考えなくてはいけない。多事多難な現代社会に、今私たちは成人としての道を歩きだした。
 これからの社会は、苦しく厳しいだろう。決して淀みをゆるしてくれないだろう。それゆえに、今までより以上に強くならねばならない。また、二〇才になれば選挙権も与えられる。常に現実をみつめ、社会への関心も高めねばと自分にいう、私はまだ若い、二〇才になったばかりなのだ。今後の道に、不安すらある。しかし、それに挑戦していく勇気は、大いにある。歩きだしたのだ。もう、止まることはしない。一歩一歩踏みしめていきたい。あふれる涙を、おさえることのできない程感激する何かをみつけるために、私には、成人になるのは、これからだという気がする。今後の自分の人生において責任ある行動と、希望と夢を失うことのない若者になりたい。

成人の日のよろこび 瀬名波出身 金城洋子
 成人したら何が変るのだろうか。「二十歳を迎えるのを機に、おとなに与えられている特権、自由のすべてが与えられる。」と、ある雑誌には、記されていました。今まで、私たちは自分にとって、いつでも良いように生きてきました。
 というのは、自分が自由にやりたい場合は「もう、おとなだから」といい、ちょっとした責任を負わされた時になると「まだ子供だから」と逃げてしまう無責任な半人前の生活でした。
 しかし、今日、成人した以上は、このような無責任な生活は、捨て、自由な社会を、自由に生きていきましょう。私たちも、一人前の人間、そして、一社会人として扱われるのだから。それにふさわしい行為をしなければなりません。
 バーナード氏は、「自由とは、責任を意味するのだから、たいていの人間は、自由を恐れるのだ。」と言っております。しかし、私たちは、バーナード氏の言葉のように、自由を恐れずに、何でも、責任をもち、自由に、そして、すばらしく楽しい人生を送っていきましょう。

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