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1975年7月発行 広報よみたん / 4頁

写真特集 村立歴史民俗資料館開館 

写真特集 村立歴史民俗資料館開館
 県内で初の村立歴史民俗資料館が古城座喜味城跡のふもとに完成し、その開館式が去る五月十八日午後一時より資料館前広場で行なわれました。
 式典は、屋良沖縄県知事夫妻、照屋県文化課長、県内三大学長、高橋北海道旭川大学教授、県文化財保護審議委員をはじめ、村内から約二〇〇名の関係者が参加して行なわれました。この日の朝は雷をともなう大雨となり資料館前広場での式典は危ぶまれたが正午前には雨もあがり古城にはまばゆい程の日ざしが照りつけ資料館の開館式を祝福しているかのようだった。
 山内徳信村長は開館式典にあたって「本日の民俗資料館の開館は読谷村の新しい文化村づくりの歴史的な記念すべき日である。民俗資料館は村民の心の古里であり、祖先との対話の場であると共に新しい歴史創造の場となり、児童生徒、青年の社会教育の場として広く活用されるものと思う。また、私達沖縄は第二次世界大戦で貴重な文化財・文化遺産のほとんどを失ない、わずかに残っている貴重な民俗文化の遺産を保護し、これを後世に正しく継承し発展させることが戦争を生きぬいてきた者の責務であり、同時に、それは新しい文化創造の第一歩であろうと思っています」。と語っていた。
 開館のテープカットは山内村長、名嘉真館長、宮城教育長の手により五色のテープが華々しくカットされ「村立歴史民俗資料館」が堂々開館を見た。
 その後、名嘉真館長の案内で屋良県知事等を先頭に来賓の方々が次々に館内を見学し、その後に一般へ公開された。
 資料館には昔使用されたサギジョーキー、フタディル、ウジン、それに昔の読谷山花織等約一五〇〇点が村内各地から寄せられ、資料点数においては県立民俗資料館よりも多く、いずれも貴重な民俗資料だという。
 館内を見学したお年寄りの方々は昔なつかしい生活用具にそっと手をやり、ありし日のよき時代を思い出しながらなつかしがっていた。
 また、父母と連れだって見学した児童生徒は昔の生活用具に関心を示しながらも何に使用されたものかわからず、父母にしきりに説明を求めていた。
 この日資料館を見学した人は約五〇〇〇人、中には余りの混雑さに次の機会にと見学をあきらめる人もいて、この日の古城、座喜味城跡は人、人、人でうずまいた。
 また、資料館の開会式と併せて第一回「文化まつり」も行なわれました。座喜味公民館においては読谷山花織展示会、金城次郎氏の焼物作品展がもたれ、村中央公民館においては郷土民俗芸能の発表会が行なわれた。郷土芸能発表会場では開演前から観衆がおし寄せ、おらが村の民俗芸能を心ゆくまで観賞していた。
 今回発表された民俗芸能は波平区の「長者の大主」と「棒術」、楚辺区の「イリベージ」、高志保区の「馬舞」、宇座区の「棒術」、長浜区の「チクタル舞」喜名区の「チンチクダーキ」等が発表され、場内は指笛や万雷な拍手がとびかい第一回文化まつりは盛会の中に幕を閉じた。

「屋良県知事夫妻等多数の来賓が出席して県下で初の「読谷村立歴史民俗資料館」の開館を祝った。」

「式典後、名嘉真館長の案内で館内を見学した屋良県知事、高橋北海道旭川大学教授。なつかしい民具にしばらく立ち止まり、昔の良き時代をしのぶ屋良夫妻。」

「父親に説明を求める児童、ここぞとばかり父親「これはクルマボー、これはアジン、これはミイジョーキイ」等々と汗だくで説明に一役。」

「同資料館には1、500点余りの民俗資料が村内各地から寄せられている。数においては県立資料館より多いとされ、いずれも貴重な資料が収蔵されている。」

「この日の古城、座喜味城跡は5、000人余の人でうずまいた。資料館見学後、整備された古城を見学する人人人。松林と遊歩道が調和し、訪ずれる人々は護佐丸の地を心ゆくまで見学した。」
「第1回文化まつり、成功の内に幕を閉じた。文化まつりには波平老人会の「長者の大主」を皮切りに次々と郷土民俗芸能が発表され、館内をうめた大観衆からさかんな声援を受けた。」

※写真については原本参照。

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