読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1976年11月発行 広報よみたん / 2頁

読谷村のシンボル村章・村歌きまる 村歌・村章の制定にあたり 村長 山内徳信 村歌は渡久山朝章氏の作品 村章には城間善夫氏の作品 選定の経過

読谷村のシンボル村章・村歌きまる
村歌・村章の制定にあたり 村長 山内徳信
 村歌村章の制定に当り、村民をはじめ関係者の皆様に御挨拶を申し上げます。
 今度、読谷村のシンボルとしての村章、村民の魂や歴史を謳い、村民のかぎりない発展と村民の心を結び愛郷心を呼び起し平和で明るい村づくりの指針ともすべき村歌を制定することが出来ました。これもひとえに村民をはじめ村内外、県内外からの大勢の方々の積極的な御協力の賜であり、衷心より感謝を申し上げ敬意を表したいと思います。
 今回の公募に当りまして村歌六一点、村章一九五点という多数の応募者がおられたということは、村歌村章制定への関心の深さと、本村を思う沢山の方々がいるということだと思います。
 選定委員の方々も、各方面から慎重に審査し決定をみたわけですが、素晴しい作品が多く選定するのに大変苦労している状態でありました。
 慎重審査の結果、村歌の歌詞は渡久山朝章氏、村章は城間善夫氏の作品と決定されたのであります。村歌の作曲に当りましては、実績が多く定評の高い田場盛徳氏にお願いを申し上げた訳けでございます。
 村民への村歌、村章、村旗の発表会は十一月二十八日の第二回読谷村文化祭で行なうことにいたします。
 今後読谷村の行事の場合には村旗をかかげ、村歌を高らかに歌い、村民が心を一つにして明日の読谷村の村づくりの心の糧にしていきたいと思います。
 おわりに、今回の村歌村章の制定に当り、作品を寄せて下さいました大勢の皆さん、選定にあたって下さいました委員の皆さん、よろこんで作曲をひき受けて下さった田場先生に対し衷心より敬意を表し感謝を申し上げ、お礼のことばといたします。

村歌は渡久山朝章氏の作品 村章には城間善夫氏の作品
選定の経過
 読谷村では先に村の象徴たる村章と、村民に親しまれる村歌を制定するにあたり、県内外に広く応募のよびかけを行なってきましたが、締切期日までに、村章の部で一九五点(県内一〇三点、県外九二点)。村歌の部で六一点(県内二五点県外三六点)の応募者がおりました。
 応募作品は多彩で、村の特色を生かした村章、村歌が多く、一見して選定委員も迷う程の作品が数多く応募されていました。
 選定審査の結果、村章の部には、那覇市与儀二八番地にお住まいの城間善夫氏の作品(表紙参照)、村歌の部には、都屋三八○番地にお住まいの渡久山朝章氏(喜名小教頭)の作品がそれぞれ選定採用されました。
 選定についての経過は、村章の部では応募要領にもとづき、とくに(イ)読谷村を象徴するもの(ロ)明るく簡潔なもの(ハ)字をくずしすぎないこと(ニ)他の市町村、団体の章とまぎらわしくないも
の等の事項に注意し選定委員自体種々の見方、考え方を主として全国県市町村章をも参考にして審査は行なわれてきました。
 その中で、応募作品一九五点を掲示しつつ一次審査・二次審査と厳密な審査を繰返し、最終的には四点にしぼり審査は行なわれました。その結果、城間善夫氏の作品に説明の一部を補足し村章として選定しています。城間氏の作品は、組合わされた「よ」「み」は右上部に片寄っており左下部の空白部と考え合せると一見してくずれた様にも思われますが図案構成上はバランスが取られているし、そのユニークさを物語っています。上部「よ」の羽形は村民の発展を表現するもの外円は村民の融和・団結の部で囲まれた空白はその豊さを表わし、村勢の発展を象徴するものであり、まして北から南から読谷村の特
性を活かし、緑にかこまれた理想郷のシンボルであります。村章の制定により、村旗が誕生することになります。村旗の規格は縦一メートル三〇センチ、横一メートル八十センチです。
地色はディプ・バイオレット(濃い青紫)、村章(文字部)はヴィヴィット・レディッシュ・イエロー(冴え
た赤味の黄)となります。
 村歌の部の審査は主として、村民の魂や歴史をうたい、村民の限りない発展と平和で明るい村づくり、村民の心を結び愛郷心を呼び起す内容等について審査は行なわれてきました。六名の選定委員は応募作品を持ち帰り各自審査を行ない、それぞれ数点の推せん作品を持ち寄り、その中から五点を最終審査にかけ、その結果、渡久山朝章氏の作品を一部修正し、村歌として選定し採用しました。
(次ページヘつづく)

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