読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1977年4月発行 広報よみたん / 5頁

昭和52年度 施政方針 社会福祉(村立診療所を建設)等の整備促進を重要施策に 村長山内徳信 生活環境の整備に関する施策 地場産業の育成強化について 読谷飛行場用地問題等の解決促進のための施策 返還軍用地等の問題解決促進について

地場産業の育成強化について
 読谷村の代表的な地場産業として「読谷山花織」があり現在、読谷山花織事業協同組合は七〇人の組合員を有しおります。
 事業協同組合になって以来、国県の指導援助を受け、県を通して読谷山花織の振興計画に係る振興事業計画書を通産省に提出中であり、後継者の育成、技術、技法の改善向上、需要の開拓、作業環境の改善等、産地幕盤の強化を図るためには、今後とも組合の指導育成が必要であり、国の振興事業に係る伝統的工芸品としてはじないよう立派な地場産業として発展する基礎を築くための助成をしていきたいと思います。

読谷飛行場用地問題等の解決促進のための施策
 読谷飛行場問題については、その解決のために昭和四一年以来調査活動がはじまり、昭和五〇年には
読谷飛行場用地返還促進対策調査委員会の設置を条例化し、昭和五一年には読谷飛行場用地所有権同復地主会の結成をみ、必要な組織体制は確立され、読谷飛行場用地返還促進対策調査委員会から正式に大蔵省に対し読谷飛行場の返還要請が行なわれました。関係地主は勿論、読谷村にとっても最も重要な戦
後処理の未解決の問題として認識し、その解決のため一歩一歩策を講じていたや先に、昨年七月米軍の極秘のアンテナ工事に伴う反対斗争をきっかけにして、所有権回復要求を柱に地主会を中心に全村民が結集し、日米の安保体制という厚い壁にも屈せず斗いは半年以上にわたって続けられ、米軍も工事の中止のやむなきにいたり、地主会や村民の正しい要求の前に、日米政府とも再検討を迫まられるという事態にたちいたったのであります。アンテナ問題で一気に読谷飛行場の所有権問題は表面化し、国政の場で取り上げられるようになりました。この機会に村民が団結し、協力し合っていけば必ずや解決の道は
開けるものと確信するものであります。飛行場設定当時の軍の責任者が地主に約束した通り、政府が飛行場用地を元地主に返還するまで、村民は力を合せて斗わなければならない。本年度は地主会、返還促進対策調査委員会等を中心に、さらに政府に強力に返還要請を展開していきたいと思いますので、村民各位の積極的な御協力をお願い申し上げます。

返環軍用地等の問題解決促進について
 返還軍用地の問題は、その実態から本土に類のないもので沖縄県のみに存在する戦後処理の極めて重要な問題であり、その中には、地籍の問題と跡地利用の問題が含まれているだけに事は重大であります。激戦地として又、その後の米軍の基地の構築によって全く形質は変更してしまいました。国は形質変化した返還軍用地の地籍調査に当って、当然、国の責任(責任と言う場合法的措置を言う。)において、特別立法をして進めるべきであって金銭補償だけで事足れりと言う態度は全く無責任と言うべきであり、返還軍用地の地籍調査をもっぱら市町村や地主会にゲタをあずけるやり方は、日本政府の困難な沖縄問題に立ち向う真剣な姿勢のないことを如実に表わしたものと言えよう。昨年に引き続き今年も地籍調査の年になります。本年度は、ボーローポイント等の継続分と新規に県による地籍調査(国調法)として波平、高志保地区の土地調査が実施されます。
 一方、跡地利用問題については地籍の問題よりも更に困難な問題であります。諸種の制約もあり、構想や計画段階での施策がなかなか思うように具体化し得ない問題があります。昨年、本村から跡地利用計画を優先的に国は採択すべきであるとの制度化要求をする中から、やっと渡具知部落の集落計画についての調査設計費の目途がついたのは大きな成果であった。跡地利用という、より具体的な問題になると、地主会の主体的な取りくみなくして、行政のみで出来るものではなく、互に相提携して、将来の展望をふまえつつ進めて行きたいと思います。

※写真は原本参照

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