朝鮮民主主義人民共和国を訪ねて㊥読谷村長山内徳信
四、教育は革命事業である。
朝鮮人民が長い異民族との囲いの中で学んだ一つの重要なものは、「国を救う為には、国民が学び、覚め、強くなることである」ということであった。その為に「苦しい闘いの中でも、教育文化を大切にし、それを子供連に教えてきた」。
現在、都市、農漁村を問わず、あらゆる地で、あらゆる場所で、学ぶ機会が保障されている。共和国は「国民すべてをインテリー化」し、国民を高い教育水準の位置におくことを目的としている。
「子供は国の王様である」と云われている。私は最初「宮殿」ということばを聞いて、この国には金日成主席以外に王様がいるのかと不思議に思った。
共和国には、子供達の教育機関として、学校以外に少年野営所(大自然の中で子供連をきたえる。日本の少年自然の家か)があり、少年宮殿と呼ばれる、教科外活動(クラブ活動部活動)を専門にする場所がある。それこそ王様の宮殿みたいで立派な教育施設である。
共和国の教育を参観して思うことは、教育の場が学校教育を軸にして、少年野営所や少年宮殿が一体になり、計画的に行われ充実した教育活動が展開されていることである。
二つ目は、学校教育から社会教育に至るまで「何の為に学ぶのか」、という教育の目標が明確に打ち立てられており、それが一つの線として貫かれていることである。即ち、国の主人は人民であり、人民の為に学び、人民の為に奉仕し、人民の為に働くということである。
三つ目は、教育の目標がはっきりしておりその為か、児童生徒、大学生が元気一杯、生き生きとしている姿である。「何んで素晴らしい自信に満ちた姿だろう」「生き生きとした瞳、笑みを浮べた婆」、この自信にみちた明るい表情の子供達を見て、幸せだなと思った。この国についていろいろな表現、いろいろな云い方があるであろうが、やっぱり、この国は「教育の国」だ、そう思った。
四つ目は、高等中学校を訪ねた時、校長先生の話しの中に「教育の仕事は職業ではない、正に革命事業である」と云われた。私はこの言葉のもつ意味の重さにショックを受け、はっと目のさめる思いであった。
日本の大人(教師集団も含めて)が、現在の政治状況を目前にして、憲法と教育基本法の精神に立って、教育は正に革命事業である。とはたしてどれほどの者が、云い切れるであろうか。今日の日木の教育状況を考えた場合に含蓄のある言葉である。
五、二十世紀最高の芸術、文化創造の国
私は訪朝以来、日を重ねる毎に、緊張と興奮の高まるのを全身で感じた。朝鮮民主主義人民共和国、それは社会主義の国、という以外には多くの知識を持ちあわせていなかった私は、いろいろな施設を参観するごとに、その豪華さ、スケールの大きさ、思想性、文化性、芸術佳を表現した。その内容の深さに私は完全に圧倒されてしまった。
私達は、万寿台芸術劇場でオペラを観賞した。最新の医療機器が備えられ、一、五〇〇ベットを有する超近代的な豪華な産院を訪ねた。勤労者の衛生、文化生活と健康増進のための各種施設を備えた近代的な総合ヘルスセンター(蒼光院)を見た。今一つの特徴に、地下鉄がある。おそらく世界最高の地下鉄であろう。交通そのものを「文化」としてとらえていることは、大いに学ぶべきことである。豪華で、しかも朝鮮人民の闘いの歴史を各駅が如実に示しており、今世紀最大の地下鉄文化であり、地下美術展示館と云っても過言ではない。
世界中比較した訳けではないが、おそらく二十世紀成功の文化芸術を創造し、それを発展させている国だと私は思った。
六、稲も農作物も幸せだが。
戦前まで「白い御飯を食べるのが夢でした」という話しを問いた、共和国になって、その夢は実現したのである。朝鮮戦争後、各農村集落は共同農場制にかわった。土地の所有は、個人から共同農場に移り、農業の共同化が行われ、農民から喜ばれている。
農村を見て羨しく思ったことが沢山あった。まず、田圃や畑地の土地改良事業が完了していて、見事な圃場に整備されており、田は勿論のこと、畑にも必要とする所は総べて、灌漑施設(農業用水)が完備していることである。
稲も農作物も幸せだが、一番幸せな者は農家であろう。緑と水にかこまれた豊かな農村風景に私はひきつけられた。そのかげには農民を大切にする政治と人民の努力のあることを強く感じた。
共同農場は、個人経営でもなく、国営でもない、その中間的なもので、集落毎(字別)の共同経営である。その為に農地の管理は完壁をきし、農民は意欲と喜びがわき、生産は計画を上まわる実績であるとのことである。
共和国の農業を発展させ、農村を明るく豊かな環境にしているもの、それはチュチュ思想による農民の自主、主体、創造性によるものであり、最も望ましい形態の農村計画(村づくり)の一面を見ることができた。(続く)