読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1982年1月発行 広報よみたん / 6頁

1981年 あんなできごとこんなことがありました

〔261号4・5ページの続き〕

⑬緑ゆたかな村上を守り育てよう-無秩序な開発行為に歯止め「読谷村士地開発行為の適正化に関する条例」が制定されました。これは自然破壊を防止し、安全で快適な素晴しい地域環境をつくることをねらいとして制定されたものです。
⑭部落の再興めざす字古堅区-緑と文化の香り高い街づくりをめざし「古堅土地区画整理事業」が着工されました。総額5億6千万円を投じ、12.4ヘクタールを整備し150世帯の区民が移り住むことになっています。事業竣工は昭和59年です。
⑮あわや大惨事!騒然となる古堅小学校-一千余名の児童の頭上をかすめて怪鳥ならぬ米軍パラシュートが落下し、一瞬ヒャッとさせました。あいつぐ米軍の無神経な行為に村民の怒りは大きな炎となって燃えさかりました。(写真・4月23日の米軍落下傘演習場撤去要求促進村民総決起大会)
⑯故・比嘉秀平氏銅像除幕式-米軍支配下における琉球政府の初代行政主席に任命され、沖縄の最も苦難に満ちた時代の行政の最高責任者としてご活躍されました故・比嘉秀平氏の銅像が生誕の地、字大木の徳武者宮近くに建立されました。(除幕式10月18日)
⑫現代の名工・百人に与那嶺貞さん-卓越した技能者に授けられる労働大臣表彰です。与那嶺さんは読谷山花織の復活に尽力きれたことはよく知られています。90余年間途絶え、幻の織物になりつつあった読谷山花織を昭和39年与那嶺さん等が中心になって復活されました。
⑱ポーロー飛行場跡・新たな実りの息吹き-西部連道地区で本格的な土地改良総合整備事業が進められました。昭和56年事業は旧ボーロー飛行場跡の南に位置する一角の波平地域からはじまり、昭和59年度までには89.8ヘクタールの土地が整備され、新たな実りの息吹きをみせることになります。

※写真「⑬緑ゆたかな村土を守り育てよう」、「⑭部落の再興めざす字古堅区」、「⑮あわや大惨事!騒然となる古堅小学校」、「⑯故比嘉秀平氏銅像除幕式」、「⑰現代の名工・百人に与那嶺貞さん」、「⑱ボーロー飛行場跡・新たな実りの息吹き」は原本参照

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