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1983年9月発行 広報よみたん / 7頁

大綱に「ユーイ・ユーイ」復活大綱「ムラおこし」の原動力に 長浜の大綱引き40年ぶりに復活 三千人の大観衆 興奮のるつぼに

大綱に「ユ~イ・ユ~イ」復活大綱「ムラおこし」の原動力に 長浜の大綱引き 40年ぶりに復活
 イートドイ(旗振り)の「ヒヤー」のヤグイ(掛け声)に、まつ赤に点るテービ(たいまつ)に照らされた全長百十メートル、重さ六トンの大綱が、長浜区民によって「ユ~イ・ユ~イ」と引き合われ、約三千人の大観衆を巻き込み、四〇年ぶりに復活した長浜区の伝統大綱引きは、大観衆を興奮のるつぼに落し入れました。
 古い伝統をもつ長浜区の大綱引きは、その昔、凶作を押し払い豊年満作・世果報を祈念して引き合ったのが始まりです。旧暦の六月十四日の夜、区民が東西に分かれ「ユ~イ・ユ~イ」の勇ましい掛け声で大綱を引き合い豊年を祈念したもの。昭和十八年まで同区の伝統行事として毎年引き合われていたというが、以来今日まで途絶えていました。長浜区伝統文化保存会の結成を契機に、大綱引きの復活を望む声が多く、・今回の大綱引き復活は実に四〇年ぶりのことです。
 大綱引きの復活は、稲作皆無の状態になった同区にとって、ワラ材料の確保は大きな悩みの種になったというが、与那城村屋ケ名から大綱を譲り受け、区民が四日がかりで伝統の大綱に打ち直したものです。目の当たりに見る四〇年ぶりの大綱に、ひとしお感慨深い思いを起こす古老たち、古き良き時代をなつかしんでいる姿は、印象深いものがありました。

三千人の大観衆 興奮のるつぼに
 長浜区(山内清高区長)の伝統の大綱引きは、去る八月十四日夜八時から、長浜海岸沿い県道六号線路上で行われました。この日は台風五号接近で区民をいらだたせたが、四〇年ぶりに復活する長浜区の大綱引きに、台風も避けて通り、ホッと安堵を浮べる区民たちでした。また、夏の夜にして涼しい浜風が吹き抜けるとあって、絶好の大綱引き日和になりました。
 長浜の大綱引きは、夜引き合うのが特徴です。まっ赤に点るテービ、壮絶に打ち鳴らすドラ、太鼓、パーランクーに合わせ、古式豊かに装ったスネーイ(行列)は壮観そのもの。大綱のスネーイは東西から「サーポン・サーポン」のヤグイで高く持ち上げられ、ササギヤーシンカによって上下左右に大きく踊らされる雄綱雌綱、そのたびに大綱にたれ下がる無数のひげ綱が踊るように揺れ動く姿は、伝統芸能を観ている思いでしかない。
 大綱引きのクライマックスシーンは、カヌチグチ(中央)に進んできた東西の大綱が、東のイートドイ(旗振り)長浜真長氏、西のイートドイ新垣万栄氏の両古老が号砲一発「ヒヤー」のヤグイ(掛け声)にウチカンシ棒が地上に落され、四〇年ぶりの復活大綱は、区民の手によって「ユ~イ・ユ~イ」と大きく引き合う。しばらくは余りの感激に東西相譲らず、がっぷり四つの静止の状態が続く。大観衆も「ユ~イ・ユ~イ」と手に汗を握って大声援を送る。次第に大綱は東側に動き出し、軍配は一気に東側に上がり、ドラ太鼓の音は天にまで届くかのよう。
 そのあと、大観衆参加のもとに二番綱を引き合い、今度は西側に軍配は上げられ、四〇年ぶりに復活した大綱引きは、東西一勝一敗の引き分け綱に。豊年満作を祈念し、人々の心を融合和合させ、一本の大綱に結集したエネルギーが明日の「ムラおこし」の原動力となる大綱引きは大盛況のなかに、大きな余韻を残して幕を閉じました。
 この日の長浜部落には、区民の三倍以上の人が押し寄せ、辻々は人人人で大混雑、一時は交通もマヒする程でした。また、各家庭にはゆかりの親戚がつめかけ、大綱引きの復活を喜ぶ、笑顔の絶えない一日になっていました。

※写真「長浜大綱引き一本の大綱をエネルギッシュに引き合う」は原本参照

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