秋季大会62年10月25日~10月30日 国体を成功させよう 第42回国民体育大会概要
昭和六二年海邦国体開催まであと一年余、本村も男子ソフトボールの競技場となっており、旧読谷飛行場内に会場の建設が急ピッチで進められているところです。
昭和五七年五月十八日、第四二回国民体育大会読谷村準備委員会設立を契機に国体成功に向けた取り組を着々と進めてきました。
五九年七月四日には読谷村実行委員会を設立、六十年四月には国体課を設置、その間先催地の視察なども行われ、六一年三月二〇日には会場建設も着工されました。
国体を来年にひかえ本村の国体概要をお知らせし、村民のご理解と御協力をお願いいたします。
◆テーマ海邦国体
【趣旨】
沖縄は海とのかかわりあいの歴史を重ねて来た。海ははかりしれない宝を秘め、海上の道は文化交流のシルクロードであった。それゆえに、われわれの父祖は「船をもって万国への架け橋」となし、国際性豊かな人材を育成した。
海邦国体は、この自然と歴史の流れを背景に、更に洋々たる創造への誓いをこめて名づけたものである。
◆スローガン きらめく太陽 ひろがる友情
【趣旨】
沖縄の太陽は、めくるめくほど鮮烈である。この清らさのなかで、きらめく友情の輪をひろげよう。豊かで、おおきな輪を-。
◆シンボルマーク
国体シンボルマークの下に海邦国体のシンボルカラーで翼の象形をあしらい、「海と太陽につちかわれた沖縄県の文化を象徴し、二〇世紀に向かってはばたく県民の友情、平和の心をあらわしたもの」
国体の概要
(1)国体とは
広く国民の間にスポーツを普及し、アマチュアリズムとスポーツ精神を高揚して、国民の健康増進と体力向上を図り、併せて地方スポーツの振興と地方文化発展に寄与するとともに、国民生活を明るく豊かにしょうとするものであり、第一回大会は、戦後間もない昭和二一年に京都市を中心に近畿一円において開催されました。
当時の日本は敗戦で人心は荒廃し、生活に困るありさまでしたが、スポーツヘのあこがれと情熱に燃え、各自が食糧持参で大会に参加し、力いっぱいの熱戦をくりひろげました。その後、各府県持ち廻りで毎年開催されるようになり、昭和六二年の「海邦国体」は第四二回目に当るわけです。
(2)海邦国体の実施競技と開催時期
◎実施競技
(正式競技 三四、公開競技 三、合計 三七競技)
イ、夏季大会 昭和六二年九月二〇日~二三日(四日間)
*正式競技(四競技)水泳、漕艇、ヨット、カヌー
*公開競技(一競技)ボウリング
ロ、秋季大会 昭和六二年十月二五日~三〇日(六日間)
*正式競技(三〇競技)陸上競技、サッカー、ボクシング、自転車、体操、軟式庭球、相撲、剣道、ラグビー、フットボール、卓球、ライフル射撃、バレーボール、バスケットボール、アーチェリー、ハンドボール、空手道、柔道、軟式野球、弓道、テニス、バトミントン、ウェイトリフティング、ホッケー、レスリング、クレー射撃、ソフトボール、なぎなた、馬術、銃剣道、フェンシング
*公開競技(二競技)スポーツ芸術、高等学校野球
国体開催方針
◎基本方針
第四二回国民体育大会に読谷村は少年男子のソフトボール競技会場となります。
この大会を契機として、スポーツの振興をはかり、たくましい体力と気力にみちた健康で人間尊重を基礎とした人間性豊かな環境・文化村」の建設に寄与するものとする。
◎実施目標
一、読谷村のスポーツの向上をはかるとともに、広く村民にスポーツを普及し、日常生活に密着したスポーツ活動により、村民の体力向上と気力の充実を図る。
二、県、関係機関及び関係競技団体等の緊密な連携と協力のもとに受け入れ体制の万全を期す。
三、国体を成功させるために広く村民運動を展開し、スポーツを通じて地域の連帯感を深め、明るく豊かな郷土づくりに資する。
四、恵まれた伝統文化のある本村に大会参加者をあたたかく迎え、たくましく発展していく文化村づくりを紹介する。