読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1989年2月発行 広報よみたん / 9頁

国民年金 年金相談から

※写真「牧門澄子」、「家庭訪問する年金相談員」は原本参照

 「年金相談員として」

 あけましておめでとうございます。
年金相談員として、早一ケ年になりました。
 最初、役場年金課から相談員のお話しがあった時に、私でよかったら頑張ってみますと返事しました。
 十年近く公民館に働いていた為に、区民の方々と接して来て、おおぜいの、お年寄の方にが、年金をうけて、楽しく老後を送っているのを見るにつけ、ある一人のお年寄が、年金を支払っていなかった為に、無年金者になり、子供嫁が公民館に来ては、おじいさんが年金がないために、病気で入院しても、小遣い、交通費にもことかく状態であるといつも話していました。
 私は話しを聞くたびに心がいたく年金さえあれば、家族も円満にいくのにと思ったものです。

 「事故にあった男性の場合」

 ある男性が急に事故にあい、死亡しました。
 区長と私は、その方が年金をきちっとおさめているかが気になり、役場に問いあわせますと、一ケ年の未納もなく最初から支払いがなされているとの事でした。
中学生と高校生十八才未満の子供二人いましたので、遺族基礎年金として、年間百万円以上のお金が入るので、大変助かっていると話していました。
 今では子供も高校を卒業し就職したのでこれからは自分の為に年金を支払いたいと昨年の六月から支払いを始めております。

 「家庭を訪門して」

 区長と一緒になって、ある婦人の方に子供の障害年金をうけるよう相談し、手続きを進め、今は年金を受給してとても気がらくになったと喜んでいるお母さんをみて本当によかったと思いました。 義務をはたしていた為に、生活が保障される人、義務をはたさない為に苦しむ方々をみて来ましたので、年金の勉強をし、一人でも多くの方に出逢う事が出来るのではと、年金相談の仕事を心よくひきうけました。
 今まで多くの方々の家を訪問しました。
 最初のうちは、ほとんどの方々が、役場から送られて来る書類に目をとおす事なく処分しているとの事で、年金に対して理解がなく年金はいらない、年金は必要ないという返事が帰って来ます。
私達は何回となく足をはこび、いろんな例をあげて、年金の必要性を話しております。
 生活が苦しくて支払いが出来ない方々の為に免除の手続きをすすめ、ぜひ、支払いと免除で二五年の受給資格を得るようすゝめております。
 ある三八才の男性の家を訪問しましたら、今迄一度の年金を支払った事がないという。年金にはいろんな保障があることを知らなかったらしく、時間をかけて話しあったら、理解をしてもらい昨年の四月からずっと支払ってもらいました。
 若い方々は、国民年金は老後の為だけのものであると思いこんでいる方が多く、私達は、年金は、何がおこるか知らない明日の為に必要であると話しております。

「三〇才で夫が急死した家族の場合」

 去った十二月に訪問した例をあげますと、砂辺さんと二人で何回か訪問するがいつも留守である。
 近くを通りますと人の気はいがするので訪ねますと、奥さんが、主人はなくなりましたとの事、私達はびっくりしました。
 三〇才の方で急に気分が悪くなりその日で死亡したとの事。
今迄年金の支払いがありますかと聞くと三〇才になるまで、一度も支払いがないとの事、三才と○才の子供二人いる。最初から年金の支払いがあれば、すぐ遺族基礎年金として、子供達が十八才迄百万円以上の年金が受給出来るのにと心がいたむ。
 台帳で調べますと幸いに六二年度、六三年度とも、申請免除が承認決定されており遺族基礎年金を受ける条件等が満たされていたため、受給手続きをすすめている。

「読谷村には十四億の年金が」

 今、読谷村に国民年金から一四億円の年金がおりて来ているとの事です。
 その為に受給しているお年寄、家族が大変助かっていると思います。
 先日の新聞報道で、沖縄県で、一万三千人以上の無年金者が出たと報じられています。
 その損失は年間七八億円だといわれております。
 私達読谷村も年金の支払いをおこたりますと無年金者がふえてくると予想されます。
 今、四〇代、五〇代の方々に恩典として、沖縄復帰特令の手続がありますので、ぜひ二五年の受給資格がえられるよう手続きをしてほしいと思います。
 平成元年にあたり、私達相談員四名も職員と一緒に、村民一人々が幸福になるよう頑張りますのでよろしくお願い致します。

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