むかし、アカインコという人がおった。アカインコは、沖縄に歌や三味線を広め、中国から麦や粟を取り入れたたいそう偉い人だった。
アカインコのおかあさんはチラーといってね、読谷山楚辺村の出身でとても美しい人だったそうだ、むかしむかしのこと、楚辺村はひでりが続き、農作物は枯れ、飲み水さえなくなりとても困っていた。楚辺にはウッカー、ソーガーという井戸があったが、それだけでは足りず、イーガーに溜池をつくり、そこからも水を汲んでいた。
ところで、楚辺村屋嘉という家に二十歳頃の娘がいた。名をチラーといい、村で評判の美人だった、色白で目が大きく長い黒髪のチラーをひと目見たさに、楚辺村の青年はもちろん、隣の村からも毎日大勢の若者たちがおしかけてきた。
「このままでは仕事もできない」あまりにもうるさいものだから、チラーは用心棒として犬を飼うことにしたのだ。ふさふさとした赤い毛並みの大きな犬で、屋嘉の赤犬と名が付いた。
ある日、もう何力月も雨が降らないのに、赤犬がずぶ濡れになって帰ってきた。出迎えたチラーにしっぽをふって喜んでいる様子がすぐわかった。
「まあ、こんなに濡れて、どうしたの」
びっくりしているチラーの着物の裾をくわえてひっぱり赤犬は表へ出て走りだした。しばらく行くとほら穴があり、そこを奥へ奥へと入り、突然立ち止まりワンワン吠えた。なんとそこには今まで見たこともないほどの水がこんこんと湧き出ているではないか。
「わあ、こんなに水があるなんて」驚くやら、喜ぶやら、チラーは赤犬と共に急いで家へ帰り、村のみんなにそのことを伝えた。
そこはクラガーと呼ばれ、さっそく周辺をきれいにして、飲み水として使った。赤犬のおかげで、その後、楚辺村は豊かな水に恵まれ何不自由なく暮らしたそうだね。
一方、美しいチラーをぜひ嫁にしたいためにひとりの男があるたくらみをしていた。
「よし!チラーがクラガーへ水汲みに行くとき、そこで待ちぶせておこう、きっと説きふせてみせる」 そのことを知らないチラーはいつものように桶を持ってクラガーへ行った。内へ入ったとたんびっくりして腰をぬかした。なんとそこに男がいるではないか。しかし、運のいいことに、すぐ後から水汲みにきた娘がいたので難をのがれることができた。
たくらみに失敗した男は、その腹いせで
「屋嘉のチラーは赤犬の子をみごもっているぞう」とところかまわず言いふらした。
しかし、そのときチラーのお腹の中にはすでに恋人の子がいたんだよ。悪いうわさにいたたまれなくなったチラーは楚辺の村を逃げるようにして津堅島へ渡った。
幾月か経つと、チラーに元気な男の子が生まれた。その子がアカインコなんだよ。すくすく育ったアカインコはりっぱな若者になりいろいろなことを学ぶため中国へ行った。
そして、麦、豆、粟、米、きびなどを琉球に持ち帰り広めたので、アカインコは五殻の恩人としてあがめられた。今でも毎年旧暦九月二十日になると、楚辺では五殼の混ぜ飯を炊いて小犬子宮にお供えしているんだよ。
それからアカインコは歌を作るのが好きだった。テンテンテンと雨だれの音を聞いて、棹にクバの葉の茎を、絃に馬のしっぽを使い三味線という楽器を作った。アカインコは三味線を弾き歌いながら村々里々をめぐった。
中城安谷屋の村にさしかかったとき、喉が渇いたので水を求めたが見あたらない。そこへ畑から帰る青年に出会った。大きな大根を担いでいる青年に、
その大根をひとつ分けてくれないか。水が欲しくてたまらぬ」
「そうですが、じゃあいちばん上等な大根をひとつあげましょう」
青年は農具を肩から降ろすと、大根の皮をむき、四つに切って、自分の手の平においてアカインコの前へさし出した。
「さあどうぞ、お上がり下さい」
「あなたはほんとに親切な青年だなあ」
アカインコは感心した。
「青年よ、あなたの名は」
「マツ!」
それだけ言うと青年は帰ってしまった。
アカインコは
あだにやのわかまつ あはれ
わかまつ よださちへ うら
おそうわかまつ
(安谷屋の若松よ、おまえは枝が栄えて、のちには浦々をおおう大きな松になることだろう。)
若松少年が成人して琉球田中に知れわたる大人物になるだろうとアカインコは予言した。
さらに旅を続け、こんどは西海岸の瀬良垣にやってきた。浜ではちょうど山原船の進水式が始まろうとしていた。アカインコは喉が渇いていたので船大工に
「水を飲ませてくれんかなあ」
「何!こじきみたいなおまえに分けてあげる水はない。とっとと出て行け!」
しかたなく帰るアカインコは
「瀬良垣水船だなあ」とつぶやいた。しばらく歩いて谷茶の浜辺にやってきた。そこでも同じく進水式を始めるところだった。
「喉が渇いて仕方がない。水を下さい」
「あゝいいですよ。たくさん飲んで下さい」
「ありがとう」と礼を述べて、「谷茶速船だなあ」とつぶやいた。
その後、アカインコの予言どおり、瀬良垣の船は旅に出る度に遭難、沈没をくり返し、また谷茶の船は風をきって走り、いつもいい旅をしていた。
それで、瀬良垣の船大工たちは自分たちの船が遭難するのはアカインコのせいだと怒り
「あのこじきめ!殺してやる」と、アカインコの行方を探した。
追いつめられて、現在の赤犬子宮の岩場まで逃げのびた。
「わたしは何も悪いこともしていないのに殺される筋がない。それよりはいない方がいい」
と、持っている杖に
赤木アカヌクぬ ハベルなて
い 飛びば いちゃし尋にや
い 行方ちちゆが
そう書き残して、アカインコはスーッと天に昇り消えてしまった。