読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1991年11月発行 広報よみたん / 3頁

【見出し】ユンタンザむらおこし塾(読谷村商工会) 【写真:2:山内村長:大城教授】

「ユンタンザぬらおこし塾」は以下の日程で開塾されました。
【第一回:八月十九日】
●「読谷村のむらおこし過去・現在・未来」
●「魅力ある地域づくり・序論」
【第二回:八月三十日】
●「県内地域づくり見たまま聞いたまま」
●「外から見た読谷村・読谷村の未来を語る」(座談会)
【第三回:九月七日】
●「地域づくり実践論」
●「魅力ある地域づくり」(全体討論)
【第四回:九月八日】
●「モノづくり手法いろは」
●「夢のある、みんなのマチづくりをめざして」
【第五回:九月十三日】
●「魅力ある地域づくりまとめ」

-村おこしの担い手となる人材を育成しょう-
 読谷村商工会(大城勝哲会長)は八月十九日、「ユンタンザむらおこし塾」を開校しました。
 商工会では昭和五十九年度に「地域づくりの具体的方策を求めて」と題する商工会ビジョンの策定を機に、地域づくりについて真剣な取り組みをスタート。商工会の二十一世紀に向けた地域づくりは官民一体とした第三セクター方式に基づく事業の推進を図るべく、その具体化に向けての取り組みに入っている。
 そして、今年の三月、沖縄県内でははじめて「地域雇用開発読谷プラン」を策定。同プランは地域づくりの方向を示唆した内容として内外の注目をあびている。今後はどうタイムスケジュールに乗せて事業化に向けての実践を図るか、関係機関との合意形成をどう図っていくかを最大のポイントに据えている。
 それだけに、「ユンタンザむらおこし塾」は商工会がこれまで進めてきた地域総合振興事業の一環としての”人材育成事業”を具体化したもので、同塾は村内の農漁業、商工業、公共団体など各方面で活躍する若い人材を対象として募集され、むらおこし塾には塾生十九人、聴講生十四人が応募するなか九月十三日までの間において五回の講義が開催されました。講師には、村内外の有識者が招かれる等、むらおこしのアドバイスを受け、そのノウハウを学びながらも塾生らは魅力ある村づくりを模索し、論議を深めました。
 むらおこし塾の開校に当たって大城商工会会長は「この塾は、各界各層の若者たちが集まって、地域づくりについて講演を聞いたり、論議を交わしたりして、これからの読谷村の可能性とその実現について真剣に考え、むらおこしを先頭になって取り組んでほしい。
こんな期待と願いをこめてこの企画をしました。むらおこしイコール人づくりにかける商工会の意気込みと気負いに、絶大なるご支援を」とあいさつ。また、開塾式の第一回講演には山内徳信村長が『読谷村のむらおこし過去・現在・未来』を演題として講演。山内村長は「商工会は着実かつ確実に発展してきている。村の発展のためには農漁業の所得を増やし、購買力を高めることが重要」と語り、「地場産業を愛し、読谷のセールスポイント(村の特産品)にお互いが自信を持ち、新たな視点に立って多面的な物の見方、意識を変革することが必要、かつ重要である。沖縄は宝の宝庫、足元を深く見つめ勇気をもって皆が村をセールスするしたたかな仕掛人になってほしい」と力説した。
 また、大城保・沖縄国際大学教授は『魅力ある地域づくり』について講演し「地域づくりは日常生活の実践であり、人づくりは地域づくりである。地域に合う人材育成を実践するには①関わりの深さ、②結びつきの程度の二つのレベル水準が重要。人同士の結びつきの程度や、次元の高さを考えることが地域社会を実りあるものにしていく。昔と今の社会は大きな違いがある。昔のムラは自然社会(地縁)や農業社会(地縁=土地、祭祀)で結びついていたが、今の社会は工業社会(社会縁=資本主義)や情報社会(情報縁=自由主義)によりまとまりがなくなって、地域社会が崩れている」と指摘。
そして、新しい地域社会を築いていくために”何で結びつけるか、どう作り上げていくか、まだ解らない?”と語りながらも、昔の社会と現代社会をまとめる方法として「地域の文化・伝統でまとめ、ばらばらな個人でも共通な趣味で結びついている場合が多い。人を結びつける共通の磁石、新しい磁石をどう取り入れて村民をまとめていくか、地域特性の核になる磁石をつくりあげていくことが必要である」と強調し、「地域システムに埋め込んでいく新しい核になるものを共にみつけ作り出すことが、魅力ある村おこし、地域おこしになる」と説いていました。

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