むかし、首里金城にジラーとカマルーの兄妹ふたりがおりました。
兄のジラーは、それはそれは乱暴者で、働くこともせず、小さい子をいじめたり、どろぼうをしたり、いつも悪いことばかりやっていました。
それで、「鬼のジラー、鬼のジラー」と、村の人々から嫌われ、恐がられていました。
妹のカマルーは、気だてがよくてやさしい人でしたが、ジラーの横暴ぶりには困り果て、みんなにすまない気持ちで肩身のせまい思いをしていました。
そうしているうちに、ジラーはとうとう村にも住めなくなり、山にこもるようになりました。それでも、夜になると、里へ降りて来ては、芋畑や野菜畑を喰い荒らし、山羊や鶏を盗んだり、ときには子どもまでさらっていくしまつでした。
もう村の人たちはがまんができません。
「ジラーは鬼になって人間まで喰うそうだが」といううわさが、村中はおろか公儀の役人の耳にも入りました。
「こんなジラーを許すことはできない。どんなにしても退治しないと安心して暮らせぬ」と、村中で話合っていました。
そんなある日、カマルーのところへ、公儀の役人が訪ねて来て、「あなたの兄さんのことだが、われわれが行くと危ない。あなたひとりは喰うものではないと思っている。みんなのためと思って退治してきてほしい。あなたにしかできない」
と、お願いをしました。
それを聞いたカマルーは
「兄さんはほんとうに人間まで喰うのだろうか。これは大変だ」
と、すぐさま赤ん坊をおぶって、ジラーの住んでいるほら穴へ向かいました。
「兄さ一ん、兄さ一ん」
と呼ぶと、ほら穴の中から、伸びほうだいのモジャモジャの髪、ひげぼうぼうの目をギョロつかせた大男がのっそりのっそり出てきて
「なんだ!おまえか。来たのか。入れ、入れ!」
と言いました。
薄暗いほら穴の中は、異様な臭いがたちこめ、とても中へ入れるような状態ではありません。奥の方ではなにやら火が燃えていて、大きな鍋でゴトゴト炊いているようです。
「あの鍋は何を炊いているの」
と聞くと、
「人の肉だ」
とぶっきらぼうに答えました。
それからもう、カマルーは腰をぬかさんばかりにびっくりしました。
「せっかく来たのだからお茶でも飲みな」
とすすめられても飲めるどころではありません。
そして、カマルーの背中の赤ん坊を見て、
「なんともうまそうな子だ」と言うと、すぐ包丁を取り出し、さかんに研ぎ始めました。
「きっと赤ん坊を殺すつもりだ。なるほど、うわさのとおりだ」
カマルーはもういてもたってもいられません。そんなカマルーの気持ちを察したのか、赤ん坊が突然大きな声で泣きました。
「なんで、その子は泣くのか」
とジラーが聞いたので、
「この子は、小便したいときはこうして泣くのよ。ちょっと外でさせてこようね」
と言うと、
「おまえはここから逃げるかもしれない。これで縛っておこう」と、カマルーのお腹に綱をつけました。カマルーは気づかれないようにそばにある鎌を持って外へ出ると、綱を切り、木に結んで急いで逃げました。
ジラーは、綱をひっぱったりして、今来るか、今来るかと待っていても来ないものだから、外へ出てみると、カマルーの姿はどこにも見あたりません。
ジラーは顔を真赤にして怒り、暴れました。
ようやく家に着いたカマルーはほっとすると同時に、あまりのショックで座りこんでしまいました。 「兄さんを退治することは、わたしの責任なんだ。みんなのためにも何かいい方法はないものだろうか」
と一晩中考えました。
「そうだ!兄さんはひじょうに餅が好きだった」
あくる朝、カマルーはさっそく餅を作る準備をしました。
小さい餅と大きい餅、大きい餅には石や瓦を入れてサンニンの葉で包みました。
ザルいっぱいの餅を持って、カマルーはジラーの住んでいる山へ行きました。
グーグーいびきをかいているのが聞こえます。
「兄さん!兄さん!このまえはごめんなさい。きょうは兄さんの大好きな餅をたくさん持ってきたよ。いっしょに食べよう」
「なに!餅だと、早くくれ」
「きょうばいい天気だし、あの木の下でいっしょに食べよう」
と、カマルーは眺めのいい崖の所へ歩いて行きました。
ジラーは餅のあまい香りにつられてカマルーの後を追いました。
そして、
「兄さんはここへ座ってね」
と崖を背にしてジラーを座らせました。ジラーは、もう餅のことしか頭にはありません。
「はい、どうぞ。たくさん食べてね」
と、大盛りのザルを前へ置きました。
小さい餅を全部食べ、次に石や瓦の入った餅も食べ尽くし、そろそろお腹もいっぱいになった頃、カマルーは、さっと着物の裾をまくり上げました。
「どうして、おまえの下、そこは何か」
と聞くと、
「兄さんの口はひとつ。わたしの口はふたつあるよ。上は餅を食べる口、下は瓦喰う鬼を食べる口だよ」
と言いました。
それを聞いて、びっくり、あわてて逃げようとしましたが、なにしろ餅をたらふく食べたばかり。すかさず餅の熱い煮汁をジラーにひっかけて、崖からつき落としました。
「兄さん、ごめんなさい。世間御万人とは替えることができなくてこうするのですから許して下さい」と手を合わせました。
その日が旧暦十二月八日だったので、悪者を払うためにムーチーを作るようになったということです。
注 ムーチー旧暦十二月八日、または十二月七日にムーチーと称する行事があり、現在でも行な われている。
巾約五センチ、長さ十二センチぐらいの餅を作り、月桃の葉に包んで大鍋に蒸して作る。魔除 けとして煮汁は庭にまき、餅を食べた後のサンニンの殻二枚をあぜて十字型にし軒先に吊る す。子供のいる家庭では子供の分をひもで吊るしたり、男の子には力餅を作ってあげたりする 。
公儀 (王府)
サンニン (植物名・月桃)