むかし、あるところに、正直者のおじいさんとおばあさんがおりました。
それは貧乏でしたが、ふたり仲良く暮らしていました。
大晦日になって、明日はお正月を迎えるというのに、年越しをするごちそうどころか、お米を買うお金もありませんでした。
「もう私たちは、何も食べる物がないので、火を焚いて、あたたかい火をぬくんでお正月をすませようね、おばあさん」
と地炉を囲んではなしをしていました。
外は冷たい風が吹いていましたが、そのうち家の中はほんわりとして、ごちそうを食べたような気分になりました。
そのとき、表でトントン戸をたたく音がしました。
「今ごろだれだろう」
と、開けてみると白い髪の老人が立っていました。
「今晩一晩だけでも泊めて下さいませんか」
「きょうは大晦日であるけれども実は、私たちには敷物もなく、夕飯も準備できないほどの貧乏で、このようにふたりで火を焚いているんですよ」
と言っても
「寝るところさえあればいいので泊めて下さい」
と願うものですから
「それではどうぞお入り下さい」
旅の老人はあかあかと燃えている地炉のそばに座りました。
「旅のお方よ。火にあたって年を越して下さい。私たちには一粒のお米もなく、隣へお米をちょっと借りに行ったのですが、断わられてしまいました」
とおじいさんは言いました。
旅の老人はここへ来る前に、隣のお金持ちの家へ立ち寄ったのですが、「おまえみたいなこじきを泊めることはできない」と追い払われたばかりでした。
三人で地炉を囲んでいると、旅の老人は
「ねえ、おまえたち、台所から鍋を取ってきて、そこの火にかけなさい。そしてその鍋に水を入れなさい」
と言いました。
そして、ふところから紙に包んだ粉のような物を入れると、ふしぎなことに、鍋いっぱいの白いご飯ができました。
「さあさあ、このごはんを移して、鍋にもう一度水を入れて急いで火にかけなさい」
今度も何やら入れたようです。すると、鍋の中で肉がグツグツ煮えています。
目を丸くしてながめているおじいさんとおばあさんに、老人は「どれどれ、みんなでこれを食べて年越しをやろうではないか」と三人で楽しく大晦日を過ごしました。
そして、新しい年が明けた翌朝、「昨夜はありがとう。あなたたちのおかげで気持ちよい朝を迎えることができた。私はこれから旅に出るけど、何か望みがあるのなら何でもいいから一つ言って下さい」
二人は昨夜のごちそうだけでもありがたいと思って遠慮していると、老人はなおも聞いたので
「私たちはお金が欲しいなんて言いません。ただなれるものであれば若い頃にかえって、もっと働いて、今からでも家を盛り上げて繁盛してみたいなあと思っています」
「あゝそうですか。それでは大鍋に湯を沸かしなさい」
と言って、また鍋の中へ何かを入れました。
「これは若水と言っているが、これで浴びなさい」
言われたとおりにやると、しわだらけのおじいさんとおばあさんは、みるみるうちに十七、八の若者になりました。お互い顔を見合わせて「ほんとうにめずらしいことだ」と、びっくりするやら喜ぶやら。
旅の老人は
「あなたたちは望みどおり若くなっているので、いっしょうけんめい働いて裕福になりなさいよ」
そう言って出て行きました。
二人はうれしくてたまりません。さっそく隣近所に年始回りへ行きました。よくばりの金持ちの家へ行くと、
「どうした!おまえたちは、こんなに若くなって」
「実は昨夜、旅の人がいらっしゃって、泊めてあげると、お礼にと言われてお湯で浴びることを教えて下さった。そのようにすると、私たち夫婦は元の若い姿になっているんだよ」
「それでその人はどこへ行ったのか」
「まだそのあたりだろう」
よくばりじいさんはこれを聞いて、急いで後を追いました。
やっと追いつくと、むりやり連れてきて
「私たちはお金はたくさんありますが、年をとりすぎているので、あそこの夫婦のように若くしてくれ」
と頼みました。
「それでは湯を沸かして交代で全員浴びなさい」
と言いました。
さっそく言われたとおりにすると、主人は犬に、その妻はさるに下男たちは豚や猫になって、キィー、キィー、ブーブー、ミャン、ミャンと鳴きながらそれぞれ山の方へ逃げて行きました。
旅の老人は再び貧乏人のところへやってきて、
「あの家の人たちは、皆動物になって家を守ることができない。財産を管理することができないからもう天のお授けだからあの家におまえたちが住むとよい」
と言って去りました。
こうして正直者の夫婦は、大きな家で何不自由なく暮らしていました。
しばらくすると、さるになった金持ちの女主人は、毎日同じ時間に山から下りてきて
「私たちの財産を横取りして、ここは私の家だよ。出て行け、出て行け」
と庭の石に座って、キィーキィー鳴いていました。
それで、その夫婦は困ってしまって、旅の老人が現われないかなと思っているところへ、ある日、ひょっこりやってきました。
話を聞いた老人は
「動物になってまでもこの人間社会に未練を残してここへくるなんて許せないな。この庭の石を全部焼いておきなさい」
と教えてくれました。
二人はいわれたように石を焼きました。いつものようにさるはやってきて、石の上に座りました。「アッチッチー」
お尻を真っ赤に焼いたさるは、あわてて逃げて行き、それきりここへくることもありませんでした。 旅の老人はほんとうは神様だったのですね。