読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1992年2月発行 広報よみたん / 3頁

【見出し】豊穣平和な大地を願って 【写真:西部連道関係者:安田理事長】大地悠遠の碑除幕式 完工祝賀会を催す 記念式典完工祝賀会 【写真:新垣満子琉舞道場の舞い:古堅南小マーチング部の演奏】

 戦後、軍用地として接収されたボーロポイント。昭和四十九年八月から五十一年九月にかけて軍用地からの返還が実現した。
 荒廃した原野、コーラルが敷きつめられた境界不明地に地籍調査を開始し、長く険しい、苦難の道程を乗り越えた地主会の「誠意と努力・涙と忍耐・怒りと苦闘・主体性と愛郷心」の歴史があった。

 大地悠遠の碑
  除幕式

 雑草雑木が繁茂し、かってのわびしい光景がみるみるうちに整備され、雄大な生産の平野に変わった西部連道(波平・高志保・儀間・渡慶次)土地改良区。
 西部連道に新しい農業の息吹きがもどり、生産体制の礎が出来上がった。工期は十年の長い年月を要し、苛酷な時代を乗り越え、苦難な歴史の瓜跡を刻んだボーロポイント。このゆかりの地が未来永劫に豊穣平和な大地としての発展の意を込めて「大地悠遠」の碑が建立されている。
 その、西部連道土地改良区の完工を祝して十二月五日午後、連道園の現地にて記念碑の「除幕式」が関係者多数が参列する中、厳かに行われ、理事の町田宗進氏が五殻豊穣のゆがふを祈願。続いて新垣喜一建設経済部長、当山弘経済振興課長、山内順盛係長の三氏の音頭で力強い”三本締め”で「除幕式」が挙行されました。
 完工の日を迎えることなく他界された故役員への黙薦を全員で捧げた後、安田慶文理事長は「十六年の歳月の長い事業であった。戦争で痛めつけられた土地が立派に生まれ変わった。平和で豊かに未来永劫にみるくゆがふをもたらしてくれるだろう。感慨無量です」と挨拶。また、山内徳信村長は「土地改良事業は長い十年であった。この事業の完成は、全員が和解協力し、助け合い、いたわりあって一つびとつの苦難を乗り越えて完了できたものである。ご苦労なさった関係者の皆さんに敬意を表します」と述べられました。

 記念式典
  完工祝賀会

 除幕式の終了後には沖縄残波岬ロイヤルホテルに会場を移し、盛大に「記念式典・祝賀会」が催された。
 式典では安田理事長が「幾多の悪条件が重なり多難な局面に遭遇してきた。返還軍用地の土地改良事業という特異性の中で試行錯誤を繰り返し、地主の合意形成、条件整備等、未知の扉を開く思いで実施に踏み切った。地主の関心と期待の高まる中で工事は万端順調に進み、実のりある生産の場へと甦っていく光景に、何よりも上地を大事に人間と土地との共存を求めて止まない農民の喜びは、それこそ筆舌に尽くしがたく感激で一杯です」と主催者を代表して挨拶。
 山内村長は「これまでの道程は大変厳しいものがあった。戦争による痛手に茫然自失、返還軍用地の地籍調査(境界不明地)、コーラル除去、復元補償要求に、国を相手に多くの関係者の血のにじむような努力と苦労があった。皆が心を一つにし、各字の役員等の努力で一つびとつ克服することが出来、感慨無量です。皆さんの努力と協力に敬意を表します」と祝辞を述べました。
 会場では『西部連道土地改良区の歩み』のビデオ上映の後、祝賀会へと進行し、鏡割り、乾杯の儀が行われ、その後はアトラクションを披露。役場職員古典音楽愛好家による幕開け、新垣満子琉球舞踊球究所の門下生らによる華やかな琉舞、古堅南小学校マーチング部(岡村静枝顧問・儀間区出身)による見事なマーチング演奏が繰り広げられ、参加した約四百人余の関係者を魅了し、宴を盛り上げました。
 また、西部連道土地改良区ではこの日、事業の完了に伴って、その記念として”大地悠違”をタイトルとした「記念誌」を発刊し、全員に配布しました。

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