この話は、那覇の壷屋、シーサーを作ったり、壼を作るところの壷屋での話だそうです。
そこに住んでいる人だったそうですが、この男の人は、とても餅が好きで、それにたいそうの食いしん坊だったそうです。
ある日、その男の家には、家族はみんな外出していて、男ひとりだけいました。
ちょうどそのとき、
「タコ買いみそ一らに。タコはいかがですか」
と、かん高い声のばあさんが、バーキを頭にのせて、表通りを歩いていました。
「お一い。そこのばあさん、タコをくれー」
と呼びとめて、まだ潮の香が残っている生きのいい大きなタコを買いました。
しかし、タコは買ったものの、この男の家にはタコを煮るための大きな鍋がありませんでした。
「これは困った。家の人が帰ってこないうちに早く炊いて食べなくてはならない」
と、食いしんぼうの男は隣の家へ行きました。
「ごめんください。あなたのところに大きなハガマがあったら借して下さいませんか」
「いったい何を炊くのだ」
「いいえ、何も炊きませんよ。ただご飯を炊こうと思ってね」
隣の人もちょっと変わり者だったんでしょう。
「これはまた、留守をいいことに盗み喰いするつもりだな。先ほどタコ売りのばあさんがそこの家へ入って行ったことだし、きっとタコを煮るつもりなんだ。わたしのハガマを借りるわけはね」
と、隣の人は思っていました。
食いしんぼうの男は、ハガマを借りると、さっそく家で煮る準備をしました。
あたりはタコを煮るあまい香おりにつつまれました。
隣の人は、「もうそろそろ煮えたころだな」と、悪知恵をはたらかして、食いしんぼうの男の家へ行きました。「もういいかな。私も今すぐハガマを使うので返してくれないか」と言いました。
おいしそうな煮ダコを食べようとしているところへ
「私のハガマを返してくれー」
と、隣の人が来たものですからたまりません。
食いしんぼうの男はあわてて、
「ちょ、ちょっと待って下さい。すぐ返します」
と、急いで棚から古い鍋を取り出しました。熱いハガマをふきんでつかむと、古い鍋へ炊いたばかりのタコを汁ごと移しました。そして、ハガマに蓋をかぶせると、
「どうもありがとうございました」
とお礼を言って大あわてで返しました。
ところで、食いしんぼうの男はあまりにもあわてていたために、煮えたタコの足がハガマの中にへばりついてそのまま返したことを知りませんでした。移したのは汁ばかりだったのです。
喜んだのは隣の人、まるごとのタコをもらい、「しめた。しめた」と家で食べることにしました。
それから、この食いしんぼうの男は、
「さあ、これでひとだんらく、さっ
「そく食べてみよう」
と鍋へ箸をつっこんでタコを取ろうとしました。おかしいことに鍋の中で、どんなに箸をかきまわしてもタコらしいものは見あたりません。
「あれあれ一、私のタコはどこへ逃げた。ふしぎだ。ふしぎだ」
食いしんぼうの男は、箸をふりまわして
「タコかマジムンか。タコかマジムンか」
とわめいていました。
しかし、すぐに、
「そうだ。これはきっと隣の男のしわざだ」
と気がつき、隣の家へ行きました
「おまえは、よくも私をだましたな」
と言うと、
「そうだ、そのとおり、しかし、おまえは私にタコを煮るとは言わなかったではないか、もうそれはいいとして、ここへどうぞ入っていっしょに食べようではないか」
と言いました
食いしんぼうの男は顔を真赤にして怒り、
「だれが食べるもんか」
と家へ逃げ帰りました。
さて、家の門の前で、子どもたちが丸い餅を手に持って遊んでいました。食いしんぼうの男は、ひとりの子に、
「おい!おまえの丸い餅で三日月を作ってあげようか」
と言うと、子どもはすなおに
「うん」
と言って、食いしんぼうの男へ餅をあげました。
すると、食いしんぼうの男は、自分の口の中に餅を入れ、パクッと喰いちぎると、
「ほら、これで三日月の形になったよ」
と子どもにあげました。子どもは丸い餅が半分になったので、ウェーン、ウェーンと泣きながら帰って行きました。
食いしんぼうの男は、タコを食べそこなった悔やしさで、子どもの餅を喰いちぎったのですが、泣かしてしまった子どものうしろ姿を目で追いながら、「チェッ!」と足元の小石を蹴っとばすと、なんだか自分のやったことが情なくなりました。