読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1994年4月発行 広報よみたん / 14頁

【見出し】三線の奏で全県下に響く 三月四日はゆかる日まさる日三弦の日

 沖縄に根付く三絃文化の広がりを認識してもらおうーと、三月四日「三絃の日」を共有する催しが県内各地で行われた。
 このイベントは昨年、琉球放送ラジオの音頭で「ゆかる日、まさる日、三絃の日」をキャッチフレーズに実施され、今年も四日の午前十一時五十分から午後九時までの間「RBCスペシャル~サンシンの日」として全県下にラジオ放送。三線文化の発祥の地である本村でも三線の始祖・赤犬子(楚辺区の赤犬子宮)を祭ることから、今年もこのイベントに積極的に参画した。
 赤犬子宮では村内十七団体から約六十人余の古典音楽関係者や舞踊関係者らが参加する中、事前に「三絃の日」の御願立てが行われた。その後、正午の時報を合図に一斉に「かぎやで風」の斉唱が開始され、三絃の合奏は全県下に響きわたった。
 本村でのプログラムは引き続き奉納演奏や舞踊が行われ、新垣満子師匠が「稲まずん節」を、津波澄子師匠が「柳」を華麗に舞い、参加者らを堪のう。また、午後四時には村総合福祉センターで”花遊び”が催され、①古典音楽独唱会や②舞踊の夕べ、③島うたの世界など、数々の古典芸能が披露され、訪れた愛好者らを魅了した。
 また、この日の午後三時、米陸軍トリイ通信施設のゲート前では、本島各地から集まった三線愛好者ら約三十人余が、平和への祈りと願いを込め「かぎゃで風」「恩納節」「辺野喜節」を奏で、三線によるメッセージを送っていた。
 これは、琉球放送ラジオのパーソナリティーである大嶺正廣さん(伊良皆在)が企画したもので、大嶺さんは「旧日本軍によって強制接収された読谷飛行場用地は、今なお米軍のパラシュート降下演習で村民の生活が脅かされている。鉄砲を花の武器三線に持ちかえて平和のメッセージを送りたい」と実況中継し、本村の文化行政や平和行政を力強く訴えた。

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