読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1996年7月発行 広報よみたん / 2頁

【見出し】新たな飛行場建設は絶対に許さない! 目的達成まで頑張ろう! 「村民総決起大会」に5000人!!

 日米特別行動委員会の中間報告(四月十五日)が正式に決定され、在沖米軍基地の約二〇%に当る十一施設の返還が合意されました。
 だが、その合意内容のほとんどが県内の基地に移設、統合、新設するという「県内での基地のたらい回し」の内容であり、その中で、返還合意された普天間飛行場の移設代替地に読谷村と恩納村にまたがる嘉手納弾薬庫内のASP1地区が候補地として挙げられ、ヘリポート建設と共に一五〇〇㍍規模の滑走路(用地三〇〇㌶)を新設することが明らかになりました。
これに関し、本村では『新たな飛行場建設は絶対に認めない』という立場から五月十九日午前、「日米両政府による普天間飛行場返還合意に伴う読谷村域への新たな飛行場建設に反対する村民総決起大会」(同実行委員会・山内徳信委員長主催)を開き、計画の撤回を求めました。

 読谷補助飛行場内の東側滑走路跡で開かれた村民総決起大会には、
①普天間飛行場の返還に伴う読谷村域への新たな飛行場の建設に反対する。
②日米両政府による米軍基地の県内へのたらい回しに反対する。
③二十一世紀の若者に夢と希望の持てるふるさとづくりをめざす。
④読谷補助飛行場の全面返還を求める。
の大会スローガンが掲げられる中、会場には子供から婦人、老人など幅広い階層の村民約五〇〇〇人が結集。大会では冒頭、山内徳信実行委員長(村長)が「新たな飛行場をつくることは絶対に許さないという村内全ての団体や村民一人ひとりの意識が復帰後最大の村民大会につながった」「この読谷飛行場は去る戦争で土地を強奪され痛めつけられたがその戦後処理さえも日本政府はやってない。そのような苦しみや悩み、怒りを子供たちに体験させてはいけない。村民が一致協力して目的達成のために頑張ろう」と日米両政府を厳しく糾弾。引き続き、壇上では構成団体(二十八団体)から儀保輝和議会議長や知花亀次郎教育委員長、松田善康読老連副会長、金城スミ婦人会副会長、山内太読青協事務局長、長浜宗則読P連会長、児童生徒を代表して読谷高校の喜友名達矢君や地域住民を代表して長嶺真一郎区長会会長らによってそれぞれに決意表明が行われたのを始め、また、激励に駆け付けた伊波栄徳県議や上原康助社民党副党首、宮平安徳恩納村議会議長らが村民と連帯して反対運動を展開していくことを誓いました。(※大会には日本共産党・古堅実吉衆議院議員から連帯の激励電報が寄せられました)
会場には『読谷飛行場を反せ』や『米軍の飛行場建設反対』『子ども達に静かな学習環境を』など、怒りのプラカードやムシロ旗などがなびく中、大会では引き続き、塩川信子女性会議議長が朗読した「大会決議」「スローガン」を満場一致で採択したのを受け、最後は全員で「ガソバロウー」を三唱して大会を閉じました。

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