読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1999年11月発行 広報よみたん / 7頁

読谷村文化協会 久高島めぐり (山内ミサエ)

読谷村文化協会 久高島めぐり

読谷村文化協会主催の研修事業の一つである史跡めぐりに、今年から参加しました。
 九月十二日、暦の上では秋というのに、その日は快晴で三十度を超す厳しい暑さでした。
 神の島、久高島への希望者は予想をはるかに越え、五十人の予定が八十人近くが応募しました。
 事務局の努力のおかげで、希望者全員が同行できてよかったと思います。八十歳を超す方も元気で参加されたのが印象的でした。
 この島は、琉球創世神アマミキヨが降り立ったという伝説があり、神の島ともいわれ、拝所、御嶽が各地にあり、年間三十余に上る祭祀がそれぞれの拝所で行われるそうです。行政区は知念村で一島一字です。
 久高島は昔から水に乏しい島で雨水を溜めて生活用水に供してきました。今は本島から海底送水管で送られ、断水したことはないそうです。
 さて、案内人は知念村教育委員会の大城秀子さんで、てきぱきとわかり易く、しかも専門的立場から詳しく説明してくださり、大変勉強になりました。初めに参拝した所は中之嶽、近くに五穀(麦・粟・黍・小豆・うく豆)の発祥の地といわれているハタスがありました。
 次はクボー御嶽の参拝。琉球開闢神話の中には出てくる七御嶽の一つで島の人達の信仰の場として最高の聖地とされ、昔は男子禁制であったそうです。クバの木が生い茂り聖地としての厳かな雰囲気が漂っていて、心の引き締まる思いがしました。次ぎに有名なイザイホーの祭りが行われる場所。久高殿の御殿庭へ行きました。
 イザイホーは、十二年に一度行われる神秘的な祭りで、久高島で生まれ育った三十歳から四十一歳までの女性が、ノロを頂点とする島の祭祀集団に入団する儀式であります。五日間厳しいおきての下でいくつかの困難な神事を経てやっと神女の認証を受けて終了するといいます。
 不思議に思った事は、いまだに地割制が敷かれていて宅地以外の土地は島の共有で耕地は各家に分配耕作されている事でした。
 滋養強壮剤として愛用されているイラブーも久高ノロの家系という特定の人しか漁獲権がないということです。
 久高島の人達は、神様を信じ尊び、大昔からのしきたりを重んじ、自然と共生しつつ暮らしてきたことがうかがえます。この土地を訪ねほのぼのとした心の安らぎを覚えました。
 読谷村文化協会 副会長 山内ミサエ

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