読谷村の文化財(2)
喜名番所跡
「喜名番所跡」は国道五十八号線喜名交差点付近の字喜名(小字喜名原)一番地に所在し、敷地はフクギに囲まれ、戦前の正門が復元されています。平成八年には喜名区の有志によってペリー一行来訪時の絵を参考にして正門横にリュウキュウマツ二本が植樹されました。
ここは、戦前までは瓦葺き建物の読谷山村役場があり、それ以前は読谷山間切役場そのまた以前は読谷山間切番所でした。時代の変遷とともに名称を変えていますが、門前には北部と南部を結ぶ宿道が通っており、当時は読谷の交通、行政、経済、文化の中心的な場所でした。その名残として周辺には喜名古窯跡、喜名観音堂、読谷の教育発祥地、チナーウマイー、郵便局などがあります。
もっと古い時代には「読谷山駅」と呼ばれており、琉球王府の命を伝えるために間切を結ぶ早馬が準備されていたようです。しかし、喜名に番所が設置された詳しい年代についてはわかっていません。
(文化振興課 仲宗根求)