アルゼンチンに帰るのがさびしい
勢理客 シルビーナ
みなさん、こんにちは。アルゼンチンから来ました勢理客シルビーナです。沖縄に着いたのは六月三十日でした。はじめに読谷村の村長さん、担当の小橋川さん、そして企画課の皆さんには、一か月遅れましたけど研修できてとっても感謝しています。
沖縄に着いたとき、大湾キヨさんと大湾さんの兄弟のよしだみよさんとよしだみよさんのむすこ、たけしさんが空港に来てくれました。今、キヨさんと一緒に住んでいます。
本当のことを言うとアルゼンチンを出る前、そして沖縄に着いた時はことばがわからないせいもあって、とっても心配していました。でも五か月たってみるといい人たちにめぐりあえて、アルゼンチンに帰るのがとってもさびしいし、かなしい思いです。
小さい時から沖縄の習慣を見ながら育ちました。なぜなら、おじいさんとおばあさんがウチナンチューだからです。思い出してみると、私のお母さんはいつも沖縄の料理を作ってくれました。たとえばイリチャーやてびち、チャンプルーなどでした。また絶対に忘れられないのは私のおじいさんのことです。おじいさんはよくヒージャー汁を食べたし、沖縄のうたをうたっていました。私はよく「何のうた?」、「たいくつじゃない?」とか聞いていました。今回、読谷村のおかげで、沖縄に来ることが出来て、やっとおじいちゃんたちの習慣を理解することが出来ました。本当にありがとうございます。
この五か月の間いろいろなことを習いました。毎朝、午前中は日本語の勉強をして、午後は写真、陶芸、三線、墨絵、書道、英語、そろばんなどをしています。また、読谷村では小橋川先生が着物の着付けを教えてくれました。いい先生でした。
そして十月からは、琉球新報へ研修にいっています。琉球新報ではただ写真をとるだけではなく、日本人の仕事のやりかたなどを体験しています。
また、ウチナーンチュ大会には琉球サプカイのみなさんと一緒に三線をひいて参加することができました。そのためセンターにとまって夜遅くまで練習したりしました。そして約一週間の間いろんなところで演奏しました。とってもいい経験でした。
それから読谷村のいろいろな場所や、沖縄のあちこちを見学しました。一番好きなのが沖縄の海でした。そして、次に沖縄の歴史の場所でした。
私は沖縄に来ていろいろな沖縄の料理を食べて、もっと沖縄の料理が好きになりました。キヨさん、いつも私がゴーヤーを食べられるように、いろいろくふうしてくれてありがとう。
ヒスパニック文化センターの喜瀬先生、よく面倒をみてくれて、ありがとうございます。 日本語の真壁由香先生、いつも同じ事を聞いてもやさしく答えてくれて感謝しています。
三線の比嘉フリオ先生、いつも私には「ゴルディタ」、まなみには「ネグリタ」、言っていましたね。それといつも三線のうたを日本語からスペイン語になおしてくれました。とってもよかったです。
写真のハイメ・モラレス先生、写真をとるためにいろんな場所へ連れて行ってくれてありがとうございます。
書道と墨絵の仲村先生、陶芸の冨着先生、英語のカルロス先生とケン先生、それから琉球新報のみなさん、どうもありがとうございます。そしておおぜいの沖縄でできた友達、特にみどりさん、ベローニカ、セレステ、なおえ、そして同じ研修生まなみとワルテル、それとほかの市町村の研修生達と一緒にすごした楽しい日々のことは絶対に忘れられません。
みなさん本当にありがとうございます。私は沖縄でみなさんと過ごしたことは一生わすれません。
平成十三年十一月二十二日