米原で入植五十周年を盛大に祝う
一九五二年八月、琉球政府の計画移民で読谷村波平や楚辺から多くの村民が八重山米原地区に移住し、マラリヤや台風・干ばつと闘い、五〇年が経過。
八月十七日、米原公民館で米原入植五十周年記念式典・祝賀会が読谷村から約七〇人、地域住民二〇〇人余が参加して盛大に開催されました。
式典に先立ち、初期入植者二八世帯の氏名が刻銘された記念碑「開拓之碑」が除幕され、波平の棒術や地元富野小中学校の児童生徒らがエイサーを披露し、華を添えました。
式典で祝辞を述べた安田村長は、厳しい入植当時からの苦労を偲び「皆さんの先祖は読谷ですが、もう故郷は八重山だと思います。今後ともここ八重山の地で元気でお過ごしください」と激励しました。
祝賀会では、読谷村議会の比嘉郁也議員や楚辺区の上地哲区長、波平区の喜友名勝雄区長からもお祝いと激励のあいさつが述べられました。
波平区から参加した皆さんが「谷茶前」や「波平高平良万才」を披露するなど、故郷、読谷に思いをはせ、惜しみない拍手が送られました。