人間国宝で名誉村民の與那嶺貞さんが逝去
「幻の花織」の復興と発展に尽力
人間国宝で読谷村の名誉村民であります與那嶺貞さんが一月三十日に逝去されました。享年九十四歳。與那嶺さんのご冥福をお祈り申し上げます。
與那嶺さんは、読谷村高志保に一九〇九年一月二十日にお生まれになり、十六歳で首里女子実業学校(沖縄県立女子工芸学校の前身)に入学し、染織・裁縫を学んだ後、最高学年の研究科まで進学し、染め織物に関する技術に研鑽を積みました。
戦後は、村の幼稚園教官補、生活改善普及員の職を歴任し、地域のために尽力しました。その後、一九六四年より村の読谷山花織復興事業に関わり、作品の開発・技法の改良等に力を注ぐ傍ら、多くの後継者を育成し、今日の読谷山花織の隆盛の基盤を築いてこれらました。
一九六九年には「読谷山花織愛好会」を結成、一九七五年には沖縄県指定無形文化財「読谷山花織」の技能保持者、さらに七六年の「読谷山花織事業協同組合」の設立に関わり、一九九九年六月二十一日に重要無形文化財「読谷山花織」保持者(人間国宝)に認定され、これまで伝統的な読谷山花織の伝承の中心的存在として多くの後継者を育ててきました。
與那嶺さんは、屋良朝苗氏、金城次郎氏(一九八九年六月顕彰)に継いで三人目の名誉村民として、二〇〇〇年十一月二十八日の読谷村名誉村民章顕彰式典において顕彰を受けました。