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2005年8月発行 広報よみたん / 13頁

読谷の民俗芸能5 組踊(4ー2) 手水の縁

読谷の民俗芸能5
組踊(4ー2) 手水の縁
 民俗芸能には、地域の歴史、民俗や人々の息吹が吹き込まれ、祖先から連綿と演じられてそれぞれの地域の誇るべき文化財として親しまれています。
 前回「手水の縁」をご紹介しましたが、「手水の縁」には、男女が契りを結ぶ習俗が根底に流れています。
 ひとつには、水にまつわる男女の関わり方についてであります。山戸は、あなたの手水を飲むことができないのなら泉に身を投げる、と命懸けで手水を求めます。玉津は、手水の作法を知らないとことわりますが、山戸の情熱にうたれて手水をあげます。実は、この場面こそ「許田の手水の物語」の再現であり、手水に込められた意味の深さを感じることができます。
 『万葉集』の東歌に次の歌があります。
すずがねの
 はゆまのうまやの
  つつみいの
みずをたまへな
 いもがただてよ
「いもがただてよ」は女性の手水を所望しており、昔の求愛の姿をみせる歌だといわれます。
 沖縄では、婚姻の契りを結ぶときの水盛りの習慣や、妻となる女性が男性の家の水がめに水を入れることによって婚姻が成立する習わしがあります。
 自らの手で水をあげる行為は、神聖な水をとおして生命と魂をぶつけ合うことにほかならないと思います。
 二つめに、山戸は手水のみならず、玉津が自分の名を名乗らないことに対し「面影や死出のみやげしやら」と再び生命の燃焼をほのめかします。このことは、求愛のもうひとつの作法を教えてくれています。まず、女性の返事をうながすために男性が自分の家名・名前を唱え、相手が同じように自分の氏、素性をともなう返答があって望みはかなうとされました。
 このように、「手水」と「名乗り」の習俗的意味を「手水の縁」によって知ることができるわけですが、民俗芸能には、人々の様々な生活習慣、感情が根を下ろしています。
  文・村立歴史民俗資料館
         長浜真勇

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