読谷の民俗芸能10 組踊(9) 花売の縁
沖縄戦によって郷土は焦土と化し、家族・友人・知人を失い、言葉に表せない悲しみにあえいでいる社会状況のなか人々の心に希望の灯をともした一つが芸能(文化)でありました。昭和二十年十二月、石川の城前小学校校庭で芸能大会が催されますが、特に人々の魂に語りかけた演目は、組踊「花売の縁」であったといわれます。
首里の下級武士森川の子は、不幸なことが続き妻子を残して大宜味方面に働きに行くが十年余りも音信がない。妻乙樽は、良家の乳母として働きながら一子鶴松を育て、とうとう夫を捜す旅に出る。道中、猿引きの猿芸を見学するなど方々尋ねているうち薪取りの老人に出会う。薪取りは、森川の子の歌を詠みながらつつましい暮らしぶりを伝えるが近頃は見かけないと告げる。妻子は田港まで足をのばし花売りに出会う。その花売りこそ夫であり父であった。再会を果たした三人はめでたく首里に戻る、という内容です。
人々は、この三人の家族愛に自らの境遇を重ね合わせ、万感の思いで平和のありがたさ、命の尊さ、家族の大切さを確認したのです。
この組踊は、猿引き、猿、薪取り、花売りという地方色を帯びた配役を出すことによって、人情味あふれる劇に仕上がっております。猿の愛きょうのあるしぐさが心を和ませ、薪取りの特徴的な抑揚のある唱えは、ゆうげんの世界に観客を誘います。又、花売りとなって登場する森川の子の踊りで華やかさを醸し出したと思うと一気に家族の再会の場に流れていく展開はドラマチックであります。音曲は十二曲あしらわれ、調弦もめまぐるしく地謡の力量が求められます。登場人物の心理描写が細やかに彩られており、立ち方の演技力も舞台の良し悪しに大きく関わってきます。
「花売の縁」は、字長浜、字大湾に伝承されており、字長浜では戦後数回上演しています。
組踊は圧倒的に仇討物が多いですが、人情劇(世話物)である「花売の縁」は貴重な存在といえるでしょう。
文・村立歴史民俗資料館
長浜真勇