今月の人口
今月の人口 1969年12月31日 現在 住民登録調べ 男 10,845 女 11,717 計 22,562 世帯数 4,091
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今月の人口 1969年12月31日 現在 住民登録調べ 男 10,845 女 11,717 計 22,562 世帯数 4,091
新年の御挨拶 読谷村長 池原昌徳 昭和四十五年の輝かしい新春を迎えるにあたり、村民の皆様に、謹んで年頭の挨拶を申しあげます。〃村民の皆様〃明けましておめでとうございます。 まず初めに、旧年中における村行政について申しあげますと、昨年の始めに楚辺通信隊内において凡そ九千坪に及ぶ黙認耕作地の撤去命令を受けて、関係農家に大きな不利益を与えました。年末に至っては、軍雇用者の大量解雇者の中に十五名の村民が解雇予告を受ける。といったこの二つの暗いニュースに接し関係者に大きなショックを与えたことは実に残念でなりません。 ところがその反面、従来村民が最も不安をいだいていた、リトルジョン・フオーク・ナイキ、メイスBという対空ミサイル基地が、次次に閉鎖されたことは誠によろこばしいことだと思います。 産業面におきましては、特に養豚業の振興を図るため、本土から優良母豚を導入して委託貸付を行い多頭化による畜舎、飼育管理の改善、豚価対策のために設けた肉豚の農連出荷など、積極的な試作を推進中でありますが、農家各位の絶大な御協力により、養豚計画は予想以上の実績をあげており、また豚価もよい値段を維持しましたことは誠に結構なことであります。 教育面につきましては凡そ四、五〇〇坪の土地を購入して読谷中学校に「新しい運動場」ができ、又、目下読谷小学校に建設中のすばらしい「体育館」総面積二五〇坪の村役所構内に近く着工予定の「読谷村中央公民館」など、政府の御援助もありまして、村民待望の文化施設が出来ますことは本村の教育振興上誠に好もしい限りだと思います。 さて新しい一九七〇年を迎えるにあたって、われわれは如何なる心構えをもつべきであろうか。戦後の二十四年間叫びつづけてきた県民悲願の祖国復帰、それが一九七二年までに実現するという。その歴史的な世替わりの年、復帰体制づくりの年を迎えたのであります。 長年にわたる沖繩独特の政治、経済機構から、日本の政治経済圏へ移行する。米国管理の軍事基地、軍雇用者、サービス業、基地関連産業等により成り立っている基地経済から脱却して是非とも、平和産業をつくり出さなければならない。きわめて重要な時局を迎えたのであります。 勿論このことは、全県民的問題であり、基本的には日米琉政府の施策によらなければなりませんが、しかし、われわれの市町村も独自の立場から自主的にこれを検討し、復帰後の展望について然るべき方策を立てるべきであり、その使命達成のため渾身の努力を傾注すべきだと考えます。 そういう認識のもとに、本年度は農業の近代化、合理化の問題、養豚の主産づくり、漁港の整備など、第一次産業について積極的に推進すると共に、政府の施策に呼応する企業誘致等、協力な復帰体制づくりを進め、村民の福祉増進に邁進したいと思いますので、村民各位の積極的な御協力をお願いいたします。 おわりに、一九六九年を村民のみなさんと共に、つつがなく送り得たことに、よろこびと感謝を申しあげ皆さんの御健康と、御繁栄を心から祈念申し上げて、新年の御挨拶といたします。 年頭の挨拶 読谷村議会議長 知花平良 復帰に備えて奮起と努力を 一九七〇年の輝かしい新春を迎えるにあたり、本紙を通して、新年のお慶びを申し上げます。 村民の皆様明けましておめでとうございます。 顧みまするに、去る年は国内においては、東大紛争や交通事故死傷者百万人突破、国会解散等、沖繩では少女殺害事件、毒ガス兵器や軍雇用員の首切り問題等全く多事多難の年で、必ずしも、われわれの希望に満ちた目出度い年であったとは言えません。 しかし、人類初の月着陸、アポロ十一号の成功、戦後二十四年、まさに四分の一世紀にわたり、祖国への復帰を願い、その運動を続けてきたわれわれにとっては、七二年に復帰できるその目度がついたことは、まがりなりにも悲願が達成された記念すべき年であったと思いますが、遺憾なことには、佐藤・ニクソン会談の共同声明では、復帰後の基地の態様が如何にも不明確であり、復帰後の沖繩の基地が、極東における国際平和の安全という、大義名分のもとに、長期にわたり固定化される恐れがある。また、共同声明必然の結果として軍雇用員の大量解雇、また基地が解放された場合、復帰後の沖繩の経済がどうなるか等、いろいろな不安と難問題が、われわれの目前に横たわっております。特に本村においては、軍賃貸料が一一五万ドル、軍雇用員の年額収入が役二〇〇万ドル、貸住宅、その他の収入が約八五万ドルで年間約四百万ドルとなり、村民経済の大半が、基地収入に依存してきたが故に、復帰は、特に本村においては、経済的にも大きな転換期に到達すると思慮するものであります。本村が基地経済から脱却し、平和経済へ転換することは、正に世紀の大事業であります。 復帰を目前にひかえて、沖繩は勿論、本村の進路は多難を極めておりますが、この激動する諸情勢に対処するために、なおわれわれは、奮起と努力をなし、復帰に備えて、新年年頭初から全村民が、益々信頼を深め、極めて冷静な判断によって、その活動を大きく、深く永続させていくことによって、すべての難問題を解決し、希望に満ちた輝かしい夜明けを迎えることができると信じるものであります。 いよいよ、われわれ議員の任期も、あますところ九ヶ月に迫りましたが、明るい沖繩の建設、ひいては、明るく住みよい村づくりに、本村議会は、村民の代表機関として、その責務を果すことをお誓い申し上げます。何卒今年も村民各位の倍旧の御指導と御協力をお願い申し上げ、ここに希望の新春を迎えるに当り、村民各位の御清福と御繁栄を心から祈念致しまして、年頭に当り、いささか所感を申し述べ、御挨拶と致します。 謹賀新年 読谷村役所 村長 池原 昌徳 助役 古堅 宗光 収入役 山内 繁雄 総務課長 知花 稔 住民課長 知花 幸英 水道課長 池原 恒徳 税務課長 新垣 喜一 建設課長 仲宗根 憲栄 経済課長 松田 昌彦 外職員一同
おいしいですよ!!「読谷産イモは」 読谷産のイモは、「おいしいですよ」と経済課の職員は、わたしたちの村の名産イモの紹介に一生懸命です。 これは中部振興会が各村の名産の紹介と即売をかねて農産物、畜産物展示会をもようしたものです。 会場には、多数の主婦、商人がつめかけ大変にぎわいをみせていましたが、とくに、わが村名産のイモは、味がよく、おいしいと大変な人気で飛ぶように売れてうれしいひめいをあげていました。また、畜産物展示会には宇座の山内徳永さんの母豚と子豚に参加者の関心を集めていました。
八重山移住地の台風災害見舞について 村長 池原昌徳 去る九月二十六日早朝から長時間にわたって、宮古八重山を襲った台風十一号、エルシーは、八重山において最大風速五六、九メートルの猛威をふるい、二〇年ぶりの暴風に見舞われたという。そのために建物や農作物に大きな被害を与え、特に裏石垣の被害は大きく、「気力失った移住地!!被害大きくただぼう然」という見出しで本村から移住した米原部落の上地武三さんの住家が吹っ飛ばされ、途方にくれた模様が九月二十九日の新聞に歩道されていましたが、その後のマスコミも毎日のように八重山の被害状況を大きく取扱っていました。また琉球政府も直ちに災害対策本部を設け、災害救助法を適用すると報じられ、立法院も台風災害救援対策のために臨時議会が開かれたのでありますが、われわれの村でも、波平と楚辺の両部落では早速救援金を募金して代表者の八重山派遣を決定していたのであります。 私も、十数年前に本村から移住した八重山の、米原、栄、明石部落の皆さんが、こんどの台風災害により路頭に迷っているというニュースを聞いて、何んとか救助の手をうつべきである。一日も早く立上がるよう激励しなければ、と考えましたので、十月二十四日から二十六日までの日程により村長、議会議長、総務財政委員長、建設委員長、そして波平と楚辺の区長さんが参加して八重山移住地の台風お見舞いを行ったのであります。 さて、八重山における台風の被害状況については全体的に見て、恒久建築の被害は僅かですが、茅茸、トタン茸の建物の場合はその殆んどが全壊か半壊かの被害を受けており、また街路樹、防潮林、森林などの倒木や、枯損木はたいへんなもので、台風のツメ跡は実にいたいたしく特に潮害がひどいので、八重山の基幹作物である甘蔗とパインの被害は甚大にして、移住地の皆さんは大きなショックを受けています。 現在、本村から八重山に開拓移民として現住している方々は、米原部落が二十四戸、栄部落が十一戸、明石部落が十四戸の計四十九戸でありますが、そのうち住家の被害状況では、米原部落で全壊八戸、半壊二戸で最も多く、栄部落と明石部落は全半壊者がそれぞれ三、四戸であり、そして茅茸かトタン茸であった畜舎納家の如きは、そのほとんどが全壊でありました。ちようど私たちが訪問したときは、台風後一ヶ月目のところでありましたが、そのときやっとこわれた住家の改修工事を了えたばかりで畜舎の復旧は、これからとりかかるところでありました。 このたびの八重山旅行で感じましたことは、住家や畜舎などに、草茸が多いのと、家をたたんで沖繩本島に引揚げた者、若者がつぎつぎと街に出てしまうことなどが目にとまりました。やはりこの傾向は近年急激に進歩する社会経済の変化による過密、過疎化の現象によるものであろうか。収入があがらず何時まで立ってもよい生活ができず、この土地ではどうにも喰っていけないから捨て去るのであろうか。とにかくいろいろの問題があると思うが、とりわけ政府の移住地対策農業及び避地政策など抜本的な打開策を痛感いたしました。二泊二日の短かい日程のため、くわしく調べることはできなかったが、移住地の皆さん方は、少ないほうが二町五反、多い人は五町歩以上の大地主もおりまして、トラックター、耕耘機などの機械化農業もかなりふえており、どの移住地も立派に耕作されていました いよいよ沖繩の本土復帰も確かなものとして、近よってきましたがその場合、沖繩本島より八重山のほうがすべての面において有利な条件にあると思いますので、自信と希望をもって復帰体勢づくりに邁進していただきたいと思います。 米原、栄、明石の皆さんには、台風復旧作業のとても忙しいときに、心からの歓待を受け、誠に有難うございました。皆様の御健康と御繁栄を心から祈念申し上げて、八重山旅行の御報告を終ります。
明けましておめでとうございます 読谷村議会 議 長 知 花 平 良 副議長 山 城 吾 助 議 員 松 田 善 康 当 山 喜 信 儀 間 宗次郎 新 垣 秀 吉 大 城 重 輝 知 花 英 光 長 浜 宗 繁 大 城 栄三郎 長 浜 真 長 平 安 常 孝 池 原 武次郎 伊 波 勇 一 比 嘉 幸 徳 知 念 政 仁 長 浜 宗 安 漢 那 朝 章 知 花 平次郎 幸 喜 文 庫 事務局長 屋 宜 光 正 外職員一同 教育委員会 委員長 大 湾 梅 成 副委員長 比 嘉 寅 吉 山 内 昌 彦 知 花 義 雄 会計係 宮 本 万次郎 社会教育主事 松 田 武 雄 外職員一同
第7回議会定例会開かる キビ積込機購入などを議決 読谷村第七回議会定例会は去る十二月二〇日から、二十六日までの六日間にわたって開かれました。今議会には八つの案件と一つの陳情、一つの決議案が提出されました。 提案された議案は、 ※(一)読谷村一般職員の給与に関する条例の一部改正について。 ※(二)一九七〇年度読谷村一般会計才入才出追加更正予算について。 ※(三)一九七〇年度読谷村水道事業会計収入支出予算について。 ※(四)一九七〇年度読谷村水道事業会計収入支出認定について。 ※(五)読谷区教育委員会事務局職員の給与規則の一部改正について。 ※(六)一九七〇年度読谷教育区一般会計才入才出追加更正予算について。 ※(七)軍用地のつぶれ地復元補償に関する要請決議。 ※(八)村道改修工事請負について。 ※(九)村道舗装資材総買契約について。 以上の案件は原案通り議決されました。 また区長会長から陳情のさとうきび搬入積こみ請負制実施に対する援助については、本会議で経済委員会に付託されて慎重審議され一月十二日開会の臨時議会において議決されました。このキビ積こみ機は村が購入して各字に貸付(使用)ることになります。 現在、本村の農業の基本政策の一つであるキビの年間生産高は、一九、八三二トン、金額にして約三四万ドルの収益をあげています。ところが、キビの生産高も六四~六五年期の生産高三五、七三四、七三五トンをピークに年々生産高、作付面積ともに減少しています その原因としてあげられるのは (一)キビのねだんが安い。 (二)農業経営の規模が小さい (三)農業につく人が老人や婦人女子が多く、特にキビの積こみにたえることができないなどがあげられます。 このように、沖繩は勿論本村においても基幹産業をなすキビ作の不しんは、復帰を目前に控えて抜本的抑興策をたてねばならない時に来ています。 村としても、第一次産業の抑興は急を要するものですこのようなことで、農家の生産意欲をおこさせて増産を達成せしめることは重要な施策といえます。 今度議会において議決された意義は大きいものといえます。 特にキビ作農家の働力の節減と生産高増大は復帰を控えて不安をいだく農家に大きな自信を与えると思います。
世帯厚生資金を貸付けています 読谷村内の低所得者の生活をよくしようと、いろいろの資金の貸付をしております。しかし、村民の皆様に貸付金制度が充分理解されてないためあまり利用されていません。 村社会福祉協議会では多くの方々が利用するようびよびかけています。 くわしいことについては、福祉委員又は各区々長、村社協へ御相談下さい。福祉員はつぎの六名の方です 仲 吉 朝 金 長 浜 真 一 曾 根 美津子 松 田 善 康 知 念 ト キ 当 山 マキエ ※写真「長浜真一」「曾根美津子」「松田善康」「仲吉朝全」「知念トキ」「当山マキエ」は原本参照
"みんなでたのしく清掃" キナのよい子たち 喜名生徒会長(会長長浜真佐富君)のよい子たちが、定期的に、観音堂周辺の清掃をして、区民から大変よろこばれています。 この生徒会は、中学生でつくられて、夏休み中のラジオ体操や、学習活動を一緒にやって来ましたが、誰となく観音堂がよごれているのに気づき、自分たちができるだけの社会奉仕をしようと話し合ったけっか全員賛成して実行にうつしたもので、今日では、これが生徒会の一つの行事となっています。
比謝~大木間がアスファルト道路になりました 村建設課では、比謝~大木間のアスファルト乳剤舗装工事を計画、読谷共進が総工費一八、二〇〇ドルで請負い工事を進めていましたが、このほど完成し、立派なアスファルト道路になり、区村民からよろこばれています。この線は、巾員五・五メートル、全長八〇〇メートルで、この道路は比謝、渡具知、大湾地域の児童生徒の通学道路で、雨のときなどは大変こまっていました。 また舗装されたために車の通るのも多くなっていますので、運転者のみなさんは安全運転に気をつけて下さい。
宇座青年会が特別賞を受けました 第十八回全国青年大会に参加した本村宇座青年会演劇部は、日青館ホールで、「限りなき戦りつ」を熱演して、特別賞を受けました。働く青年が一堂に集まり、体育、文化、および意見発表等を通して、お互いに友好を深め、健康で明るい郷土社会を築こうということで開かれたもので今回で十八回目を数えます一行は東京での全日程を終えてからも各県保青年団との交流を深め、特に沖繩の問題を訴えて、大きな成果をおさめて帰りました。 なお、この大会派遣に、おしみなく援助の手をさしのべて下さった、村当局並びに村民に感謝の意味で、一月二十五日に催された青年祭で再上演され好評を得ました。