広報よみたん 71/2 NO146 人口
広報よみたん 71/2 NO146 人口 男 10、941人 女 11、746人 計 22、687人 世帯数 4、202戸 電話 2201 2242
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広報よみたん 71/2 NO146 人口 男 10、941人 女 11、746人 計 22、687人 世帯数 4、202戸 電話 2201 2242
キビ搬入始まる 年が明け、旧正がすぎると農家にとって、ネコの手も借りたいほどの忙しさです。今各部落では、キビの刈出しに連日精を出しています。沖縄においては勿論、わたしたちの村でも基幹産業の一つであるキビ作は農家にとって養豚、イモについで唯一の換金作物の一つです。今年は昨年より値だんは、わずかに上っていますが、生産者はもっとキビ代をあげてほしいと訴えています。 今期の生産予想高は昨年より、約八〇〇トン減となる見込です。 村では、キビ作農家の生産意欲を高めるために、助成金や、奨励金をあげ、増産を促進する方向で農政をすすめています。
一月一五日は成人の日、名実共に、社会人としてスタートする日です。今年成人をむかえる人には社会人としての権利が与えられますが、それは社会人としての責任も負うということをも意味します。そこで、はれて大人の仲間入りした方に、その決意、抱負などを語ってもらうことにいたしました。 自分に真実でありたい 福地 和子 何気なく日々が過ぎ、いつの間にか時が流れて、私も二十歳になった。しかしこの年までいったい何をしてきたのだろう。二十年という月日をめくってみても何もない。やり直そうかと言ってみたところで「はたちの船」はすでにこぎ出されたのである。今はもう前進あるのみ。朝陽が大海原に輝いている。後は向くまい。「さて、これから何処へ向かおうか・・・・・・。いや急ぐことはない。これからは気の向くままなんだから」そう思って深呼吸する私の肩を誰かがたたいた。忘れていた。船には「責任」というお客が乗っていることを・・・。彼は聞いた。-どう?成人になった気持は。-私はとまどってしまった。「さあ、何と言ったらいいのか。そう、例ば、いつしか冬が去って、知らぬ間に春が訪ずれていた。そんな感じ。」-大人って何だろう?どんな大人になりたい?-「大人。それは私がこれから追求していくもの。築きあげていくもの。」 これからの航路に何が待ち受けているか分らない。それだからこそ、進むのである。他人が皆そうしているから、同じようにして生きよう。そうではない。自分が生きようと望むままに自分に真実に生きたい。 責任を感じる 奥原 悦子 「成人を迎えての感想は」と、よく問われるけれども私の場合、成人を迎えたことが、まだ実感としてわきません。その実感もときがたつにつれ、わくのであろう。だから成人を迎えたからといって、未成年であった私が、いろいろな面においてすぐさま変わることはないと思う。成人に達すれば、ある面で自由になり、ある面において法に縛られる。でも、全体的に見た場合「自由」ということが多い。「自由」ということの本来の意味は、「思いのままに行動する」ことではあるけれども、その自由ということを他方から考えた場合、そこには、「責任」というものを伴っていることに気づく。「自由」の本来の意味が「思いのままに行動する」ことだからといってこの「責任」ということを忘れてはいけないと思います。だから、私は成人に達したからには良き社会人となるためその「責任」という言葉を念頭におき、また世間ずれした現代の大人の人達のもっていない「なにものにも染まらぬ純真な心」というものを失うことなく、幾多の試練がまっているであろう私の人生を、自分の心に偽ることなく自分自身をしっかりみつめ一歩一歩ふみしめながら、自分の目標に向かって、まっすぐ進んでいきたい。 二十才に思う 知花 キヨ 二十歳を迎えて新たな希望と闘志にもえている今日です。過去を顧みればあまりにも無責任な態度でいた自分を責めざるをえない。 私たちの前途には数多くの矛盾した問題がある。祖国復帰、日米安保条約、基地公害、自衛隊の沖縄配備全軍労の解雇問題、毒ガスどれをあげてみても早急に解決しなければならない問題ばかりで、それらをいかに解決していくかは私たち青年にあたえられた任務ではないでしょうか。ひとりひとりの力は小さくても多くの青年の力を結集すればどんな困難なことでも成し遂げることができると思います。私たちはいまいちどこの矛盾した現実をしっかりとみつめ、それから逃げることなく真剣に自分の問題として考えなければならないと思う。私たち青年は社会を前進させているエンジンです。いつまでも受け身の姿勢だけではいけないし、もっと若々しく勇気をもって幾多の困難な問題も克服できるような青年でなければいけない。そして力強い青年の団結で、限りない情熱で社会の矛盾をなくし、平和な社会をきづきあげるよう努力したいものである。
成人式催される 第七回読谷村成人式が一五日の成人の日に行われ、四一〇名が晴れて社会人となりました。 今年成人をむかえる人は、昭和二五年一月十六日から昭和二六年一月一五日までに生まれた人です。 式典には、古堅村長、知花議会議長、大湾教育委員長等、来賓多数が出席して開かれ、はばたく若人に対して、激励、人生訓、などのお祝の言葉がおくられました。 これに対して、成人者を代表して、松田昌次君が答辞に立ち、七〇年代の若者として、歴史の方向を見失うことなく、夢と希望、誇りをもって明るい村づくりに頑張りますとの力強い誓いの言葉があり各青年会からの余興もあって盛大裸に終りました。
空から破片落下 不安訴える地域住民 去る一月二十六日午前十時三〇分ごろ、通称ウトン川にある米軍不発弾処理場からとんできた爆弾の破片が座喜味二五四〇番地波平清助氏宅の屋根に落下大さわぎになりました。 事故発生の通知を受けた村役所では、山内助役が現場を視察するとともに事故の状況を詳しく調査するよう指示するとともに、米軍に強く抗議しました。 また古堅村長は、このような事件が起こるようなことでは、村民の生命、財産の保証ができないとし、臨時議会を招集して同処理場の即時撤去の決議をして米軍に強く要求する立場を表明しました。 事故の状況を波平さんはつぎのように語っています。「当日は朝から爆発音があり破片が落下したときは一番音が大きかった。落下当時私は現場から三~四メートルはなれたところで洗面していたのでまともに当っていたら死んでいただろう。破片は四〇〇グラムもあり、かなりの熱をおびていたのですぐ下のガラスボンベにでも落ちたら爆発して大事件になったであろう。とにかく住民地域にこのようなものが落ちたのでは安心して生活ができない。一日も早く撤去させるべきだ」 一方村議会でも問題を重視臨時議会を開いて別項のような抗議決議を全会一致で議決しました。 決議に先立ち、古堅村長が事故発生までの状況の説明があったあと、提案者の比嘉幸徳議員が提案理由の説明、続いて賛成者長浜真一議員から、長浜区における被害状況の説明がなされたあと一時休ケイして事故現場を視察しました。
「海洋博」誘致を決議 一九六〇年代は巨大国による宇宙開会で覇が争われたが、一九七〇年代は海洋開会の時代とされています。今日、話題になっている日本海洋万国博覧会は予備調査として四七五万円が決定され、具体的な取組に入った感が致します。 また第一海洋開発研究会の基本計画によると残波岬を本島会場として、計画がつくられ、残波岬の立地条件を高く評価し積極的な取組みながれさています。海洋博の最終目標を"海の空間利用"海への同化こそが新しい「文明誕生」の神髄であるとされています。海洋博をとおして海洋開発は勿論のことでありますが、残波岬で開催されることによって、読谷村の地域開発は多大なものがあり、また沖縄の経済メリットははかり知れないものがあります。この機会こそ読谷村の大きな発展期だと考え村議会一体となり、要請決議し、積極的に誘致することに致しました。この大事業は村民一丸となり進めねばならない大事なことでありますので村民各位の御意見等を御願い申し上げます。 海洋博誘致決議 沖縄は、長年待ち望んだ祖国復帰が、一九七二年早々に実現するという期待と不安の中で「新しい沖縄県建設」に懸命の努力を続けています。 さて、本土政府におかれましては、海洋開発の新時代を迎えるに当り、八〇〇万円の調査費を計画なされ、沖縄海洋博予備調査委員会を設置されて、沖縄の祖国復帰記念事業として、日本海洋万博を沖縄現地で行うという御計画の朗報に接し、沖縄県民は、このすばらしい御計画に感激を覚ると共に、誠に時宜を得たものとして、たいへんよろこんでおります。 亜熱帯の沖縄、珊瑚礁の島沖縄は、その地理的、自然的条件のうえから、海洋博開催地として最適地であると考えます。また、この博覧会開催によって、遅れた沖縄の社会、文化の発展はもちろん、経済の飛躍的発展を図るためにも、沖縄にとっては正に、世紀の偉業だと思います。 日本海洋万国博覧会基本計画案が二三の企業グループから発表されて、各方面から関心がよせられていますが、その中で特に第一海洋開発研究会が作成する案は、海の空間利用、海への同化、そして「新しい文明の誕生」をテーマに設定してありますが、この計画案に深く感銘し賛同するものであります。 読谷村は、沖縄本島の中央部に位し、第一海洋開発研究会が本島会場として計画する残波岬を有する村であります。 この残波岬は、自然、立地のうえから他に類のない海洋博会場として最適の場所であります。読谷村は、終戦以来、二五年間、総面積の約八〇%が軍用地に接収されて他に比して地域経済開発に大いにおくれをしております。 この二五年有余の長い苦難の道を歩んだ村民は、この世紀の偉業に感激を覚ゆると共に大きい希望をかけていますので、特別の御高配を賜わりまして、第一海洋開発研究会の基本計画案を御採用なさいまして、日本海洋万国博覧会の沖縄開催の実現を図って下さいますよう要請いたします。 右決議する 一九七〇年十二月二五日
水道課長に伊波氏(人事) 池原恒徳課長の収入役昇任に伴い、後任水道課長に伊波宗盛氏を昇格させる事を決め、古堅村長は一月一日付で辞令を交付いたしました。 水道課長 伊波宗盛 〃工務係長 天久 勲 総務課財務係長 松田昌俊
公民館運営審議員決まる 中央公民館の管理、運営などを審議し、より効率的な公民館運営を計るために、九人の公民館運営審議員が任命されました。 公民館運営審議委員 委員長 古堅宗光 副委員長 石嶺伝夫 委員 新垣増郎 〃 山内昌源 〃 山内ヨシ子 〃 仲吉朝金 〃 漢那朝章 〃 知花平良 〃 神谷乗敏
農林局長賞受賞 屋宜(渡具知) 山内(宇座)の両氏 農産物展示即売会 中部振興会主催の第三回農産物展示会が去る十二月二十三日農連中部青果市場で催されました。 この展示即売会には、本村からも、トマト、玉ネギなどの24点が出品され、他市町村から出品されたものと、はげしく競いました。その結果、農林局長賞、二点、入賞九点という成績をおさめました。 また、本村名産のやきイモの即売も行い、参観者に試食をすすめながら、その宣伝に大童でした。 特に今回の展示会には、渡具知農研クラブから、四戸の農家の方が参加し、市場の状況、取引のやり方、などについて市場長の説明を受けるなど、生産されたものがどのように売りさばかれるかについて勉強しました。 入賞者はつぎのとおり 優秀賞 農林局長賞 トマト 屋宜光正氏(渡具知) 優秀賞 農林局長賞 玉ネギ 山内徳助氏(宇座) 入賞 トマト 我謝良一 池原紀生(楚辺) 饒波維清(渡具知) 玉ネギ 知花盛栄(宇座) 神谷嘉盛(瀬名波) 人参 大城平順(大湾) いも 名城昭栄(楚辺) キャベツ 波平栄満(長浜) 当真嗣慶(長浜)
健康モデル地区に指定される -喜名区- 厚生局と沖縄公衆衛生協会から「健康モデル地区」の指定を受けていた喜名区(阿嘉宗精区長)では一号線沿いにこのほどモデル指定地区の標示塔が完成一月二〇日午後二時から区民の決意を新らたに除幕式が行われた。 式典には山城永盛沖縄公衆衛生協会事務局長大城信雄コザ保健所衛生課長、湧川看護課長、村から山内繁雄助役、村議会議員ほか区民多数が出席した。このあと会場を公民館に移し健康モデル部落のスタートを祝ったが、席上山内助役は「健康管理は自分の手で」と激励、山城公衛事務局長は「健康で明るい生活の実践活動は地域住民の一致団結が第一です」と挨拶、そしてコザ保健所からこれを機会に一切の病気を追放してモデル部落にふさわしい部落を樹立して下さいと激励していた。これに対し区民も活発な質疑をみせ標示塔にはじない健康部落をきずきたいと決意を新たにした。 健康モデル地区は全琉で九市町村で中部では喜名区のほかに、コザ市桃原区が指定されている。 本村では、一九六一年度から村独自の予算で、毎年一部落ないし二部落を「健康モデル部落」に指定して、保健衛生、環境衛生の向上を計って来ましたが、一九七一年度は、ちょうど喜名区を指定しようと村が計画している矢先に、沖縄公衆衛生協会から指定部落の推せん方依頼があり、喜名部落が「健康モデル地区指定」の栄誉を得たものであります。 これを機会に喜名区民はもとより、全村民が一致団結して、「いっさいの病気追放運動」を協力に推進していかなければならないと思います。