広報よみたん 55/1 No.240 人口 80年代躍進よみたん 1980謹賀新年
広報よみたん 55/1 No.240 人口 昭和54年10月末日現在 世帯数 5,939戸 総数 26,402人 男 13,052人 女 13,350人 役場-09895-8-2201 消防-119:8-3933 発行:読谷村役場企画課 80年代躍進よみたん 1980謹賀新年 ※写真は原本参照
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広報よみたん 55/1 No.240 人口 昭和54年10月末日現在 世帯数 5,939戸 総数 26,402人 男 13,052人 女 13,350人 役場-09895-8-2201 消防-119:8-3933 発行:読谷村役場企画課 80年代躍進よみたん 1980謹賀新年 ※写真は原本参照
新春を迎えて 読谷村長 山内徳信 村民の皆様!明けましておめでとうございます。 謹んで新年の御挨拶を申し上げます。 昔から「光陰矢の如し」とか「歳月人を待たず」と言われてきましたが、あっという間に一年が過ぎ、新しい年「一九八○年」を迎え、世に言われている「八○年代」に入りました。 村民の皆様には輝しい新春を迎えられ、新たな希望と決意に燃えておられることと思います。 「一年の計は元旦にあり」と言われます。世の中も決して平穏な世相とはいえませんが、それにもめげず村民ひとりびとりが大きな希望を抱いて頑張りぬかれることをお願い申し上げる次第であります。人間が進歩発展して参りましたのは、希望という精神力と情熱が内在したからに他なりません。 村民の皆様!今年は八○年代の第一年目です。八○年代は「自治と分権」を目指す「地方の時代」と予見されます。 七〇年代は「混迷と激動の時代」と言われましたが、八○年代は正に「地方の時代」と言われます。 「地方の時代」を迎えるに当って最も大切なことは、読谷村民の先見性と主体性の確立でありましょう。その為には互いに広い気持で切磋琢磨する必要があります。 我々は、時流に流されることなく歴史の推移を正しくみつめ、常に歴史の底を流れている「真なるもの、善なるもの」を求め、八○年代の読谷村が一つの地方自治体として大きく発展するため、村民の英知と力、そして和の精神を結集して進まなければなりません。 地方の時代にふさわしい読谷村を作り得るか否かは正に読谷村に住む村民ひとりびとりの努力と協力態勢にかかっていると言えましょう。 村民の皆様!今年は「自治」ということを今一度皆んなで考える年にしようではありませんか。 「自治」とは何でありましょうか。辞書には「自分で自分のことを処理すること」とあります。 「地方自治」と聞いただけでは自分と関係のない何か遠い存在のように感じる人もいると思います。 小学校や中学校で勉強し、蛇口をひねれば水が出、ゴミやし尿を片づけ、診療所で病気を治し、運動広場でスポーツを楽しみ、そして非衛生的な排水やでこぼこ道路を整備する。これらは大なり小なり私たちの生活に直結していることであり、このような仕事が「地方自治」だということに気づかない人が以外と多いのではないでしょうか。 地方自治とは詰るところ、お互の村のこと、お互の字のことを皆んなで考え、皆んなで協力し合い、住みよい村、住みよい地域を作りあげていく実践そのものが自治であります。 今、読谷村民は「地方自治」の尊い実績をつくりつつあります。昨年十一月から読谷補助飛行場の米軍演習場の撤去を求める強力な斗いを組んで参りましたが、日米外交ルートで解決するという新しい情勢を作り上げることが出来ましたのは大きな成果であり前進であります。これは正に読谷村としての「地方自治」の生死をかけた壮大な斗いでありました。今年も村民の総力を結集し、目的達成まで頑張りぬこうではありませんか。 輝ける地方の時代、輝ける地方自治を目指し、村民がそれぞれの立場で頑張って下さいますようお願い申し上げます。 おわりに、新年を迎えられた村民各位の御健康と御多幸を祈念し、新春の御挨拶と致します。 ※写真は原本参照
年頭のあいさつ 読谷村議会議長 新垣秀吉 村民の皆様、明けましておめでとうございます。昭和五十五年の輝しい新春をお迎えするに当り、読谷村議会を代表いたしまして、村民の皆様へ謹んで年頭のごあいさつを申し上げます。 旧年中は村民の心温るご指導ご協力によりまして大禍なくその責務を果させていただき心から敬意を表するとともに深く感謝を申し上げます。 迎えました昭和五十五年は村民一人びとりの上にご健康で明るく、豊かな希望のもてる活力ある日常の営みがありますよう祈念申し上げ、尚、村内各自治会におきましても秩序ある自治会の営みが達成されますよう心から願うものでございます。 昨年は内外のめまぐるしい激変する諸情勢の中で、たしかに世相もまた厳しいものがございました。とりわけ十一月六日、楚辺で起ったパラシュート落下事故の発生に対し村民の皆様方が大きな怒りをお感じてなられたことと思います。本村議会は事態を重視するとともにいち早く臨時議会を招集し、村民の生命と財産を守る立場から米軍の降下演習の即時中止と降下演習場の撤去決議を行ない、県内の関係機関は勿論、日本政府関係要路に強力な要請行動を展開してまいりました。今回の要請行動を通して感じましたことは先ず共通の認識を深めさせることができましたこと、尚、日米安保協議会の議題として取り上げてもらったことで一様の前進があったものと思います。 今回の降下演習の中止と演習場の撤去について村民皆様方の惜みないご協力に対し心から感謝を申し上げます。 さて皆さん、昭和五十五年は年明けとともに諸物価高の波がおし寄せてくる厳しい世相を予想しなければなりません。このような喜ばしくない世相を向えるにあたり村民一人びとりの叡智と創意を結集し厳しい世相を乗り越える覚悟をしなければならないと思うのであります。私達は内外の厳しい諸情勢を的確に判断し、これに対応していく所存であります。村民の皆様のご協力をお願いいたします。 本県は日本復帰後八年目を迎え、沖縄振興開発計画年次も二年を残すのみであります。この重要な時期に当り、村内各機関、諸団体が一体となり協力態勢をつくり上げ、二十一世紀に向けて人づくり、村づくりに遭進する覚悟を新たにしなければなりません。村民の皆様、倍旧のご指導とご協力を賜りますよう心からお願いを申し上げ、終りに村民皆様のご健康とご繁栄を祈念申し上げ、年頭のごあいさつといたします。 ※写真は原本参照
謹賀新年 村長 山内徳信 助役 安田慶造 収入役 池原恒徳 教育長 新崎盛繁 総務課長 仲宗根憲栄 企画課長 町田宗信 住民課長 知花誠輝 厚生課長 知花幸栄 保健衛生課長 知花行雄 税務課長 松田重信 資産税課長 池原伝盛 農地改良課長 比嘉徳栄 経済課長 上地芳雄 建設課長 棚原栄福 保険年金課長 上地正夫 水道課長 上地勇徳 消防長 伊波宗盛 診療所長 蕪木多津を 診療所事務長 新垣喜一 教育委員会総務課長 知花正行 社会教育課長 上地武雄 歴史民俗資料館長 名嘉真宜勝
新年のあいさつ 読谷村教育委員会教育長 新崎盛繁 明けましておめでとうございます。 昭和五十五年の年頭にあたり謹んで新年のごあいさつを申し上げます。希望あふれた新春を迎え、村民の皆様のご清福と、ご繁栄を心からお祈り申し上げます。 旧年は村教育行政を進める上で一方ならぬご指導とご協力を賜わりまして、誠に有難く心から厚く御礼を申し上げます。お蔭で学校教育、社会教育等村づくりの一環として実践推進することができました。教育諸条件の整備につきましては、古堅幼稚園舎をはじめ、古堅小学校、古堅中学校、喜名小学校の校舎落成、渡慶次小学校読谷中学校の工事の継続事業で学校現場で多少の迷惑や不自由さもありましたが関係皆さんの協力で、近代的な見事な校舎が急ピッチで進捗いたしました。一方、児童数が急激に増えております古堅小学校の緩和解消のため、新設小学校の準備を進めて参りましたが漸く去る十一月古堅南小学校の設置の条例が議決され、いよいよ昭和五十五年一月からスタートすることになりました。設置場所が字古堅六一二の一番地で用地三六〇〇〇平方メートル余で、時代の要求にこたえられる学校としてのマスタープランも出来上り、その第一期工事が今、進められております。この事につきましては地元字古堅の皆さん、地主の皆さんの絶大なるご協力とご理解をいただきました。又、校名につきましては、学区域の皆さんをはじめ、村内外多くの方々にご心配をおかけしご教示とご理解をいただいて、円満に解決することができました。あらためて深く感謝と御礼を申し上げます。こうして、名実共にすばらしい古堅南小学校の誕生を迎えるわけでございます。 古堅南幼稚園が認可されますと、共に昭和五十六年度までには完成させていく予定であります。いま昭和五十五年の年頭にあたって、これまでの営々積み上げてきました重要事業を引き続き積極的に推進して参りたいと決意いたしております。二十一世紀に絶え得る入づくりを第一に、村政は人間性豊かな文化村づくりに大きく歩を進めております。私共は村民の一人として、それぞれの立場〔幼児、少年、青年、壮年、老年〕で侮いのない働き〔生活〕を通して〔賢く、楽しく、健康な〕家庭生活を送りたいものです。その為にはそれぞれ全体的な発達をめざして個々人の成長への努力〔営み〕をさせなくてはなりません。又、しなければなりません。幸い我が村では、各団体の組織づくりと充実した活動が展開されており、誠に喜ばしい限りであります。わけても青少年の健全育成については彼等自体が独り歩きできない年齢だけに、その育成については、みんなで地域ぐるみでかからないと種々落し穴が多く、かけ声だけでは今日どうにもならない状態であります。どうしても彼等少年達を活動に参加させることによって、いろいろ身につけさせる方法が選ばれ推進されております。各部落での子供会活動がその最たるものです。昨年は村子連(糸村昌明会長)が結成を見、着々と輪をひろげておりますが、それとて、一部の人達の営みではどうにもなりません。村をあげての立ちあがりが必要なわけであります。学校現場における学力、体力づくり、地域社会における村民の体力づくり、コミニティづくり等具体的な運動を村民ぐるみで広げ心豊かな住みよい村づくりを目ざそうではありませんか。 おわりに村民皆さまが最良の年になりますよう心からお祈り申し上げてあいさつにかえます。 ※写真は原本参照
謹賀新年 読谷村議会 村議会議員 新垣秀吉 村議会副議長 伊波栄徳 村議会議員 松田昌盛 〃〃 上地正雄 〃〃 儀保輝和 〃〃 長嶺真一郎 〃〃 大城英三郎 〃〃 山城正輝 〃〃 我如古清幸 〃〃 比嘉幸徳 〃〃 知花繁治 〃〃 山内真永 〃〃 知念政仁 〃〃 前田善輝 〃〃 比嘉義雄 〃〃 当山真市 〃〃 大城行雄 〃〃 池原安夫 〃〃 長浜宗安 〃〃 当真嗣康 〃〃 比嘉憲一 〃〃 屋良政信 事務局長 屋宜光正
第16回 村成人式 成人式々典 とき:1月15日(火) ところ:読谷小学校体育館 じかん:午後2時~5時 成人記念奉仕作業=村立総合福祉センター陶板づくり とき:1月13日(日)午前9時~12時 集合場所:村運動広場(作業服) ※尚:午後1時から「我がふるさとミニミニ旅行」を行う。 成人者は振るって合員集合!
カメラでみた1979年のうごき ①米軍パラシュート落下事故-あわや大惨事!無神経な米軍落下傘降下演習によるたびかさなる落下事故は村民怒りの炎となって燃えさかった。一連の事故対策に「米軍落下傘降下訓練抗議村民総決起大会」が開かれるなど、村民ぐるみの闘争へと発展していった。 ②村総合福祉センター着工-文化福祉活動の殿堂と目される村総合福祉センターが読谷運動広場横に建設着工された。同施設は二十一世紀に大きな夢と希望を育む村民福祉活動の拠点になるものと、その完成が期待きれている。 ③二十一世紀に夢とロマンを求めて-本村の人間性豊かな環境・文化村づくりを目指す息吹きはめざましい。とりわけ、ムラおこし講演会並びに研究集会、北海道池田町研修など、その基本とすべき学習活動は村民の心に深く根ざし行く。 ④新設小学校名「古堅南小学校」に決まる-本村五番目の小学校が今年四月一日開校の運びとなった。古堅南小学校を呼称 ⑤子供たちの憩の広場「児童公園」続々開園-児童公園の整備は年ごとに進み、伊良皆・高志保に開園。三月末には波平・喜名にも開園のはこびとなっている。 ⑥伊良皆~大湾排水路改良工事-同事業は昭和四七年から八ケ年計画で進められ、三月末で第一次計画を完了する。ちなみ ※写真「①一連の事故に関し、村民ぐるみの闘争が展開された」、「②文化福祉活動の殿堂・村総合福祉センター着工」、「③21世紀に夢とロマンを求めて」、「④本村5番目の小学校「古堅南小学校」を呼称。分離をまつ古堅小学校」、「⑤子供たちの憩の広場続々開園」、「⑥8年の歳月ここに竣工、伊良皆~大湾排水路」は原本参照
〔240号4ページの続き〕 に同事業による排水路の改良工事、その延長は三、二七六m ⑦第一次農業構造改善緊急対策事業終了-同事業は昭和五三年度で終了、新たに第二次四ケ年計画をスタートさせた。同事業の導入によって、本村の農業生産基盤の整備は著しい。 ⑧渡ケ次野菜生産組合に朝日農業賞-「集団的農業経営の努力と創意工夫により、困難な諸条件を克服して地域の農業振興に尽力された」として晴れの受賞に輝いた。 ⑨これでひとまず安心-村北部地域の慢性的な水の悩みを解消するために建築を進めていた四千トン配水池が完成。 ⑩やちむんのムラ造り-大嶺実清氏を中心とする陶芸家たちが座喜味横田屋原一帯にやちむんのムラを建築中。近くには金城次郎氏窯場もあり、一帯は一大陶芸ムラになるもの。 ⑪読谷山種発見-昭和初期にかけて沖縄糖業界に一世を風びしたさとうきび読谷山種が宮古池間島で発見、七十数年ぶりにゆかりの地、わが村に帰った。絶滅したものと思われていただけに関係者の喜びはひときわ大きい。 ⑫中頭陸上競技大会に七年連続優勝-陸上競技の部において七年連続、夏季総体では七回の内・六回優勝する偉業を成し遂げた。 ※写真「⑦豊かな農業生産の基盤の整備は著しく進む」、「⑧おめでとうございます。渡慶次野菜生産組合に朝日農業賞」、「⑨水の悩みひとまず安心-4、000トン配水池完成」、「⑩やちむんのムラづくり、座喜味横田屋原で」、「⑪読谷山種さとうきび、宮古・池間島で発見」、「⑫スポーツ王者よみたん・連続優勝記録行進中」は原本参照
小さな献血で大きな福祉 座喜味区で集団献血 「病む人の心なごます我らが献血」-を標語に座喜味区で区民ぐるみの献血が去る十二月九日午前十時から午後四時まで同区公民館中庭で行われた。この日は、沖縄赤十字血液センターから献血車を出向、二百人近くの区民が献血の申し出をし、内、一二六名の方が、献血をした。献血希望者はそれぞれの健康状態を厳しくチェックされ、その後、健康な方だけ一人当り二百CC採血された。不採血者の中には、ぜひ献血したい。数日前から体調も整えていた。と積極的に献血を申し出る方も多く、座喜味区民の献血に対する理解の深さを見せていた。 座喜味区における今回の集団献血運動は同区共栄会(喜友名昇会長)を中心に盛り上がり、区民全体の献血運動にまで発展していった。喜友名昇会長は「これまで地域活動として種々の行事を行ってきたが、レク活動がその中心であった。こうした活動も一応軌道にのり、広い視野での社会奉仕活動を事業計画に組み入れた。その中で、慢性的な血液不足に悩む血液センターの実情に接し、広い意味での社会活動を興こした。私たちの健康な血液が病いに苦しむ人達に役立てられたら喜こばしい」。と話していた。一方、共栄会員の献血運動は区民ぐるみの運動へと発展し、献血に対する理解を示すため、区民からの標語募集や映写会などを催し、正しい献血の知識などの講演会も開き、区民に広く献血の理解を求めたとのこと。また、採血する前日は区内で予定されているすべての行事、祝宴を中止させ、禁酒を徹底させた献血運動は採血にかけつけた血液センター職員を感激させていた。 献血者の中には野良帰りの農夫も多く「採血は怖いという先入感が先走って、これまで遠慮したが、何んだそんなものだったのか」。と清々した顔つきでまた畑仕事へと走り去る献血者もいた。こうした部落ぐるみの積極的な献血の取り組みに、沖縄血液センターの安里二郎事務課長は座喜味区民の集団献血に深く感謝しますと語り「これまでの献血の大勢は個人や職場の献血が主だが、こうした地域ぐるみの集団献血は座喜味区がはじめて。沖縄県は絶対的必要量の血液がなく、手術にもこと欠くことが多く、慢性的に血液は不足している。座喜味区民の地域ぐるみの献血運動が今後の県民運動として波及して行くことを期待したい。そのことが病いに苦しむ多くの人たちが救われることか。座喜味区民の心あたたまる献血、まことにありがとうございます」。とかさねて感謝をしていた。 (写真)座喜味区々民ぐるみの献血運動。県内の慢性的な血液不足を補おうと、区民ぐるみの献血運動が展開された。この日、二百名近い区民が献血にかけつけた。 ※写真は原本参照