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1957年3月発行 読谷村便り / 2頁

読者の声 歌物語り 知花英康

読者の声
歌物語り
知花 英康
 過去を顧み、現在を静視し、思いを将来にいたす老輩は近頃わが村の活発なる動きを見て洵に愉快に堪えない。それで益々その堅実なる歩みを希う心から「動中静在り」という事もあるので笑い話しでも書いて聊かその労を慰めたい。
 これは私の父とその親友座喜味の当山忠次郎翁(読谷郵便局初代局長)とが大正年間に話していた歌物語である。

一.与座川の水
昔首里に与座というお歴々の方がいた。その長男の教育に丹誠をこめていたが、何時の間にかその子は辻通いを始め伊保という女郎屋に引きこもって帰らぬ場合もあったので、父は非常に心配して短冊に
澄みて流れゆる 与座川の水ん
イフ(麈芥)にたたまりば にぐりたっさ
と書いて、机上に置いてあった。翌朝帰って来た長男はこれを見て沈思黙考、やがて短冊に、
にぐり川ゆやてん時の間どやゆる
泉ある川の澄まなうちゆみ
と書いて父上に差上げ、それから断然辻通いを止めたとのことである。

二.ワン一人デービル
 右と時代は違うが、同じく首里に君子親方と云われる徳聖家がおられた。長男が遊場に耽り非常に心配したが、或夜皆が寝静った頃、長男は娼妓を連れて家に帰り静かに玄関をあけて、しのび足で表座敷の前の廊下通って自分の部屋に入ろうとしたら表座敷に寝て居られた親方に気付かれ「ターヤガ」と云われたので、二人はびっくりして「ワン一人デービル」と答えたら、親方は苦笑いして只「クヌヒヤーヤ」と云っただけで、別に叱りもしなかったが二人は非常に恐縮して、
天と地や鏡、隠さらぬ
耻しや姿うちらとみは
という古歌を思い出し、又、
會者定離の浮世思み切らななゆみ
思い焦れてん果やねさみ
とあっさり締めて、別れてしまったと。これから見るとさすがは教養ある家庭「言わずして化す親の威信」「言わずして悟る子の感受性」それに「当意即妙の機智」等、如何にも文化人の香りがする。

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