読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1959年9月発行 読谷村だより / 3頁

秋分花

秋分花
知花英康 

 私の庭に秋分花があるが、毎年期節が来ると地中から萌え出て花を開き私をして今昔の感に堪えざらしめるのである。それは大正年間に私が全国町村長会に出席の為上京の途中静岡県に下車し当時の模範部落庵原村杉山を視察した時に車夫の好意に感心して持ち帰って植えたものである。
 杉山は駅から一里除りで丁度嘉手納から渡慶次ぐらいの道程であるが初ての事であるから道案内を兼て人力車で行ったのである。その車夫が実に感心な人で道すがら丁寧に車上の私に説明しながら行ったのである折しも川岸に奇麗な花が満開して居るので、あの花は何んと云う花かと聞いたらあれは秋分花です。旦那さんの所にはありませんか、と云ったので私はある事はあるがあんなに奇麗ではないと答へたそしていつの間にか杉山に着いた。
 私が視察するまで君はその辺で休んで居給へと云って私は視察に取りかかりやがて視察を終えて帰途に就かんとするや車夫は古新聞包を差出して是は旦那様が先に御覧になった秋分花のイモですがお持ち帰りになったら何処と云うので私はその機転と好意に感激して記念の為に持ち帰って植付けたのが今から四十余年前の昔である。
 杉山は道徳と経済の調和という事をモットーとして改善せられた部落であるがその後の歩みは如何と私は四、五年おきに三回も行って視察したのであるがその堅実なる歩みにいつも舌巻いたのである。
 先年読谷村婦人会で婦連の瑞慶覧つるさんからもお話があったが今に私は杉山を忘れる事は出来ない。世には折角模範村として名声を轟かした村が当局が代ったら下火になった例が少くないが杉山は時移り世は変われども益々堅実な歩みをたどりつつありと聞き私は秋分花見れば杉山思い出しわが読谷も斯くてありなんと念願して居る次第である。

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