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1960年8月発行 読谷村だより / 4頁

みんなでやる生活改善(三)◎家庭の中の封建性

みんなでやる生活改善(三)
◎家庭の中の封建性

 家庭のなかでは、家族はみんな大切な人間としてお互いに相手を敬愛し、むつみ合うというのが近代社会の考え方であります。なるほどお父さんは年長者であり、経験者であるからえらいにはちがいないが、しかし、ときにはその意見がまちがっていることがあるかも知れません。ムスコは年少で未経験ですからこれから勉強するのですが、その意見も正しいこともありましょう。年令や経験、能力にそれぞれちがいがあるにしても、みんなが人間として相手の立場や意見を尊重し、敬愛し、いたわりあって暮らしていくというのが近代的な家庭生活のやりかたでありますが、わが沖縄の一般家庭のなかにはまだそうしたようには考えられていないので、相変わらず封建時代の身分制度の考え方が残っているところが多いのではないでしょうか。
 封建時代には人は人間として平等に取り扱われず、身分制度によってすべて上下の関係に分かれ、家庭のなかでも親と子、夫と妻、姑と嫁といった具合に、ちょうど殿さまとけらいのように、対立的な関係をなしていたのであります。現代の家庭でもなおそのような権威と服従との対立的な考え方をしているところが多いのではないでしょうか。たとえば、親の意見は絶対的なものとされ、夫のムリはどんなことでも通ります。家庭の中では老人や、主人が独裁的な権力を振っていて、ムスコや妻の主張がいれられぬ場合が多いのではないでしょうか。正しい主張がいれられず、古い権威が幅をきかしているところに、家庭生活の改善を妨げる封建性が残存しているのであります。これについてわたくしはつぎの二つをとりあげて、さらに考えてみたいと思います。
(A)男尊女卑の気風
(B)老人の権力

◎男尊女卑の気風
封建社会は、男の世の中ですが、家族を守るものはなんといっても女性ですから家庭のなかで主婦の発言が強く認められるようでなければ、生活の改善はじっさいにできないわけです。
 家庭のなかでの発言権の強さは、主婦が財布を握っているかどうかによって、いちおうは判断ができるとおもいます。すなわち、家のなかでは、財布を握っているのがいちばん発言権が強いわけですが、農家では主婦が財布を握っていないところがまだ多いようで、もちろん、それは土地柄や、家庭の事情によってもちがいます。たとえば都市近郊の農家では財布は主婦が握って、一家の消費経済のやりくりをしているところもありますが、山村へいくと財布は男が握っていて、主婦の主張は何といっても取り上げられません。しかし平たん地の農家はその中間といっていいでしょうが、一般に家庭内における主婦の発言は弱いようであります。
 これまで生活改善は女の役目で、婦人会のやる仕事のように考えられていましたが、生活の改善は夫人の力だけではなかなかできにくいものです。どうしても主人も主婦も老人も子供も、みんなが協力してやらなければなかなかできるものではありません。ところがこのように家政の担当者である主婦には財政権がなく、財布を握っている主人は金もうけや外部のつきあいに気をとられていて、家庭のことには関心もうすいから、夫人がいくら生活の改善を主張しても聞きいれられません。
 さらにそればかりでなく、主婦自身に改善する気持ちのないものすらあります。
 家庭生活の改善について、いちばん強く主張し推進力とならねばならぬ主婦が無知であり、無自覚であり、たとえ自覚していたとしても、その発言力が弱い有様では、とても生活の改善が進みようがないではありませんか。
(つづく)

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