一九六〇年を顧みて
年内余日少く後日数にして一九六○年もすぎ去らんとしております。例年のことながら年の初めに今年こそはと計画を樹ててスタートを切るのでありますが、年の瀬が押しせまる頃になって、おれもこれもと未解決の諸事項を山ほどかかえて、あわてふためくのが常態であります。
今年もその例にもれず師走になってからじたばたあわてふためいているのであります。特に六○年代は復興の段階から発展の時代えと大きく躍進を期待した一年だけに、一九六○年における我々の計画も新しい時代にふさわしいものであるようにと励んで来たのでありますが陽くれて道遠くの感、そのいとぐちすらつかめ得ぬ段階であります。今日こそはと期待した六号線舗装も北部の簡易水道も来春にもちこすことになりました。その幾多の夢も計画も多くは果優なく満たされぬままにすぎさらんとしていますが、”夢よもう一度”、”牛の歩みのよし、おそくとも”着実に大地に深い根をおろして予想される琉球経済の将来に対処して行くためになんらかの参考にもなろうと思いまして、すぎにし一年の主なる行政日誌を列挙することもあながち無意味でないと思いまして今年最後の”読谷村だより”紙面をかりてまとめる事に致します。