読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1961年11月発行 読谷村だより / 3頁

お正月は新正で行いましょう 新正一本化について 警察学校長西平守盛

お正月は新正で行いましょう

新正一本化の問題については数年来からその実践運動が行われ、特に昨年は本村でも各部落において新正一本化について、いろいろと協議も行われましたが時期的準備の関係等も原因して村内の一部が新正実施されたほか殆ど従来どおり旧正を行って参りました。なぜ新正を実施しなければならないかということについてはこれまで新聞紙上や或は諸種の会合を通じてよく御承知のことと存じます。われわれは従来の習慣をかえていくということは大変むずかしいことで、新正実施にもこれが原因になっているのではないかと考えられます時代の進展に伴い現在はすべての面で殆ど新歴を用いています。学校においても年末年始の頃は冬休みになると思いますので家族揃ってゆっくりと楽しいお正月ができることと思います。村内でも昨年は喜名部落が挙げって新正を実施し今年は楚辺の部落が区民総会で新正実施を決定しています。来るお正月はこぞって新年で実施していただくよう御協力をお願いします。なお先月石川文化会館で中部地区新生活運動指導者講習会が中部連合教育委員会主催で開催されましたがその席上警察学校長西平守盛氏の「新正一本ついて」別項のとおり御講演がありましたので御参考にしていただきます。

新正一本化について 
警察学校長 西平守盛
 本紙十二月七日声欄に新正一本化に疑問という投稿があった。そのいわんとするところは新暦を使用している者よりも旧暦を使用している者が多いから新正一本化に疑問という訳である。この論法でいけば旧正一本化が合理的であるということになるであろう。
 このことについて数人で話し合いをしたことがある。そのうちの一人は旧正一本化を主張した。新正のときより旧正のときが農産物が多く経済的に合理的だというのである。旧正一本化を主張する二つの見解のうち、前者は旧暦を使用している者が多いという多数決原理に立ち後者は経済的合理化に基準をおいているしかしこの見解は新暦と旧暦の二つの暦を使用することを前提としている問題は、ここにあるのである。私は新正一本化は新暦一本化でなければならないと思う。新暦を廃止することができるであろうか。新暦では、一年は平年は三六五日閏年は三六六日で殆んど一定しているが、旧暦では平年は十二月閏年は十三月で一年の長さが一定しない。それで旧暦による生活は不便であるから、新暦を廃止することはできないる。では旧暦を廃止すればどんな支障が生ずるか。
旧暦を廃止すれば潮の干満を知るのに不便ではあるがそれは旧暦がなくても何とかやって行けると思う。農村の人が旧暦廃止に反対する理由は、季節との関係ではないかと思う。例えば種蒔きの時期とかいうものが旧暦ではわかるが新暦ではわからないということではないかと思う。それに大きな誤解であるが、そのような誤解を多くの人がしているようである。旧暦は月によって作られ、新暦は太陽によって作られている。そして季節は太陽の影響であ

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