読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1963年2月発行 読谷村だより / 2頁

第六回生改グループ実績発表会より(三)わが家の経済

第六回生改グループ実績発表会より(三)
わが家の経済 
長浜グループ 長浜スエ子

家族構成
 両親に兄弟二名、子供五名を合せて十一名の家族でございます。
五二年結婚生活に入り社会の主婦として仲間入りし、楽しい生活を送っていましたが年毎に子供が増えてあの楽しかった過ぎし日の事も夢にすぎ家計は苦しくなるばかりで忙しさは増して朝から晩までねずみのように働いても働いても差程の変もなく、火の車の生活に明け暮れていました。
「一体農家の主婦とはこんなものだろうか」と生活の重荷を背負ってその日その日をすごしてきました。
そこで私は何か良い考えはないものかと、自分の生活が余りにも惨めである姿を第三者の立場から検討し自分と云うものを深く反省と研究に努めていました。その頃当部落に生活改善グループが結成されてグループ員は次から次へと新しい生活技術に知識を重ね、いろいろと活動しておられるその姿はうらやましくてなりませんでした、そこで私はグループ員になったら生活の方針も勇気づけてくれるにちがいない、どうにかしてグループ員に加入してみようと決意し家族と相談しました、然し私が予期してなかった事が起こりました。生活改善グループ員とは金も暇もある人々が加入するものであって「ただでさえ苦しい生活状態だのにそう云う考えはもっての外だ」と情けない事をいわれ反対の意見がもち出されまして切角の相談も聞き入れなかった状態でございました。
しかし、何日までもそう云う状態に甘んじては将来の生活が見とおしのつかなくなる事を気にしていましたが暫くの間は素振りもださず相変らぬ家計の切りもりを続ける事に努力致しました。
再びと或日の夕食後に勇気をだして生活のありさまと将来への考えをいちいちのべ返しましたので家族はそれ程までにならと云うわけでお許をいただく事が出来ました。
その時の嬉しさはまるで大金持にもなったかのように嬉し涙をのみ込みきっとやってみようと自分の心に堅くちかいました。
そのようにグループ員になったのですからボヤボヤしているわけにもなりません。グループの定例会、講習会も一日分の仕事もじゅんじょよく片づけ、以前の倍も働く楽しさで出席し、勉強する機会に恵まれました。そこで私は真先に取り上げるべき改善問題は何であるかを良く検討して経済的問題に取組みましたのが私の動機と理由でございます。

活動経過について
 生活を安定し豊かな暮しを望むものは皆様と同様のことで、このためには生活の合理化と、ムダをなくしてゆく事が先決問題で、先ず家計収支の記帳生活から立てなおしていかなければならないと云う考えから出発致しました。私の耕地面積は九四アール、田んぼが僅か一○アールからなる収益と家畜(豚二、牛一)と主人の給料でもって多人数の生計を立てています。
農村生活の改善は、生産と生活のバランスがとれてないことにはどうにもなりません。そこで家族と話し合いをまとめた結果芋作と甘蔗作にきり替ることになり、家族協力でもって病害虫は農薬で防除し以前の農業方法から脱皮して本格的に取組みましたおかげで収穫を倍増する事が出来ました。豚の飼料には芋作の計画を立てて間に合わす事が出来ました。
こうした労力積み重ねで所得収入面も次第に増えて一

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