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1965年6月発行 読谷村だより / 2頁

米軍の隆子ちゃん圧殺に激しい怒りと憤りをもって厳重に抗議する 米軍パラシュート降下演習に関する抗議

米軍の隆子ちゃん圧殺に激しい怒りと憤りをもって厳重に抗議する
読谷村パラシュート降下演習対策協議会(会長池原昌徳氏)は六月十二日対策協議会を開き米軍の隆子ちゃん圧殺事件に対し厳重に抗議するとともに次のような抗議文を高等弁務官、民政官、第三一三空軍司令官、行政主席、立法員議長に直訴した。

米軍パラシュート降下演習に関する抗議
読谷村は一九六四年三月二十日読谷村飛行場で行われた米軍の貨物パラシュート降下演習において、附近(喜名部落)住民の屋根に降下された事件に対してその不安と、恐怖を一掃するには、唯一つ、それは演習を中止する以外にないと信じ、その中止法を、同月二十三日に決議して関係当局に要請した。それから過ぎること、一年二ヵ月目、即ち一九六五六月十一日午後四時四〇分頃、読谷村字座喜味二三〇六番地に再び貨物の落下により、演習地からかなり離れた住宅地域内に降下されて、住民の不安、恐怖が予想される通り実現として発生し、いたいけな尊い人命(棚原栄緑氏長女隆子嬢小学校五年生)が失われた。悲痛極まりない事件に対して、我々は悲憤慷慨その極に達しておる我々はふびんなる故隆子嬢に哀悼の意を捧げるとともにその御遺族及び全村民の悲憤の心情をして多くを語らない。
要は、再び起きたこの惨事を防ぐ方法は、ただ一つしかない。
それは事故の起る可能性のある、この種貨物降下演習を住民地域附近において、禁止する以外に、その方法はない。われわれは落下傘降下演習に関するこの決議が今後再び繰返される事態を最も恐れかつ悼むもので斯様な惨事が再び起らないために、この地域での貨物降下演習を即時禁止するよう講議する。
  一九六五年六月十二日
 読谷村パラシュート降下演習対策協議会長
                         池原昌徳

※写真「怒りと憤りをもって 抗議県民大会に集った万余の大衆」は原本参照

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