貯蓄百万弗達成
家の光文化賞受賞 読谷村農協創立二十周年記念
読谷村農業協同組合では創立二十周年記念、貯蓄一〇〇万ドル達成、家の光文化賞受賞祝賀会が七月二十三日午後三時から宇座公民館に於いて村長始め関係者機関から多数の来賓と六〇〇余の組合員が参加して盛大におこなわれた。
祝賀会は組合長挨拶に始まり経過報告、貯蓄目標額達成支部表彰と家の光文化賞の支部表彰が行われた。
ついで来賓祝辞、島正太郎と津波恒徳一行による民謡、寸劇、舞踊等がステージいつぱいに演じられ終始にぎやかなうちに午後七時閉会した。
貯蓄目標額達成支部
座喜味支部、宇座支部、波平支部、楚辺支部、渡具知支部、長浜支部、親志支部、渡ヶ次支部、長田支部都屋支部。
家の光文化賞表彰
次の基準にもとづき家の光文化賞を設け次の支部を表彰した。
一、家の光購読部数と組合員の割合、普及の状況
二、家の光記事活用発表者の有無、読書会の有無協力団体との結びつき
三、農協の各事業の実績等を採点して発表した。
宇座支部、渡ヶ次支部、波平支部、渡具知支部、古堅支部。
二十年の歩みをふりかえつてみますと(経過報告)当農協は戦後まだ村民が読谷村に移動しない一九四六年六月当時の政府農務部長から読谷村農業組合の設立認可を受け、現在のコザ市嘉間良部落に仮事務所を設けた。当時の村長知花英康氏の心づかいにより元村長大城又次郎氏を組合長に任命した。その年の十一月読谷に移動が開始されると村民と共に組合も読谷に移し組合本来の仕事を始めたのであります。終戦直後で品物の少ない時代でありましたので鋳物工場を設置して一般家庭の生活必需品を製作し大変喜ばれた。同時に組織の強化に力を入れた。
一九四七年、組合長知花弘治氏に代る。
事業を拡大し鍛治屋と精米所を設置して農器具を制作し農産物の増産を図ると共に蓄産の導入等に力を入れ組合員の信頼を得るようになつた。
一九五〇年、組合長大湾昌繁氏
布令による組合法の改正で農協と信協に名称がかわり信用事業と販売購買事業が分かれて二つの組合運営にかわりました。
一九五二年、組合長天久源吉氏
事務所建築補助金を村からもらい波平三七番地にブロツク建スラブ葺の一〇坪の建物を建てる。
一九五五年、天久組合長病に倒れ、理事会で現組合長神谷乗敏氏が選出された
五六年五七年期の製糖期を目当に政府並びに村当局議会のお進めにより五〇屯工場を建設し、三期間にわたつて操業したものの原料の不足と原料価格を大型工場並に支払いしたことや、設備のまづさ技術面の不馴れ粗悪糖ばかり生産され多額の欠損金を生み解散状態におちいつた。
一九五八年政府より整備組合として五ヶ年計画をもつて再建認可を受け、三ヶ年間政府の補助金を受ける
一九六一年、自発的に整備補助を返上する。農協と信協を合併し信用事業に本腰を入れ農業近代化特別貯蓄増強運動を推進する。
一九六三年、三五、二六九ドルで現在の組合事務所及び敷地を固定資産として取得した。その後貯蓄が著しく伸び六〇年度の貯金残高一〇五、五二二ドルに対して、
六一年度
二〇四、〇一六ドル
六二年度
三一〇、七九一ドル
六三年度
三五七、一〇五ドル
六四年度
五四四、三一〇ドル
六五年度
七五六、三八〇ドル
六六年度
一、〇四五、一一二ドル
という実績を見たのであり去る六月三〇日社団法人家の光協会より家の光文化賞の表彰をうけ名実共に充実した農協に発展してまいりました。