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1966年11月発行 読谷村だより / 2頁

中部水道完成 喜名、親志、座喜味、上地、波平に給水

中部水道完成 喜名、親志、座喜味、上地、波平に給水
 一九六三年沖繩を襲つた大早魃は人間生活に一日として欠く事の出来ない水の極度な不足をきたし七ヶ月間の水のない苦しい生活を送つた三年前が村民の皆様にも未だ記憶に新しいと思います、その時程早急な水道施設の完備を痛感した事はなかつたのであります。
 村内未給水地域を年次的に給水すべく、一九六九年度を目標に全村給水計画の糸口を見出してくれたのは去つた早魃であつたといえば皮肉なものであります。”災転じて福となる”今度全村水道計画の第一次計画でありました中部水道が地域住民の絶大なる協力により完成を見ました事を村民の皆様と共に喜ぶものであります。
 一部追加工事を残して完成しました中部水道について経過を報告致します中部水道は計画給水人口(一九七五年度目標)、五、四四〇人と学童二、七〇〇人を対象に計画し、一九六四年三月三日第一期工事(送水施設工事)を着手してから二年七ヶ月で第二期工事(配水施設工事)第三期工事(給水施設工事)を完了したのであります。
 第一期工事の送水施設工事では三ヶ所の貯水タンク二九〇立方米(約七七、〇〇〇ガロン)と延長四、〇六五米の送水管を布設第二期工事配水管施設工事では五部落(波平、上地、座喜味、親志、喜名)内幹線延長九、七五四米の配水管を布設又第三期工事給水施設工事では部落内支線、延長一八、一五〇米を布設し、十月三十日現在三、二一〇人と学童二、五七八人に給水を完了したのであります。
 右工事に投資された総工費は四九、八三〇弗で資金内訳は政府補助額一九、二八五弗、村負担額九,二八五弗、開金融資額(一〇年償賦還)二一、二六〇弗となつており第一回償還として一九八四弗二〇仙が償還済になつております。
 しかし全村水道の第二次計画、南部水道(比謝矼・大湾・比謝・渡具知)第三次計画北部水道(高志保・宇座)の水道施設計画を進めており、近く着工の運びとなつておりますが御存じのように水道施設工事は工事期間が長く、おまけに部落内のすべての道路が掘り起され諸車の通行は勿論人間の歩行さえ困難になりがちで村民の皆様に迷惑をおかけ致しますが、地域住民の衛生向上と文化生活を営むために必要な工事でありますので、一日も早く完成させて下さいますよう村民の御協力を御願い致します。

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