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1966年12月発行 読谷村だより / 1頁

米軍落下傘投下演習に対する抗議決議文

米軍落下傘投下演習に対する抗議決議文
 一九六六年十一月二十九日午前七時十分頃、住民の居住地域である読谷村字座喜味二〇三番地「比嘉八郎」の住居の屋根に、米軍の落下傘投下物が投下され、屋根瓦をぶち抜き、瓦棧をへしり折り、床上に激突した事件は、地域住民に大変な驚怖を与えると共に、憤りを覚ゆるものである。
 今回の事件は、人身の被害こそなかつたけれども、事件発生の時は、ちようど朝食の準備で、間もなく食膳につく時刻に、その食事する場所に、突如として投下した事件にして、この事象は、人命が全く危険さながらの状態にさらされていることを、ひしひしと感じざるを得ない。
 なお、今回の事件は、一九六五年六月十一日発生した、トレーラー圧殺による「隆子ちやん事件」と同質の人命の尊さが全く無視された、最も憎むべき事件である。
 当村議会は、前記「隆子ちやん事件」の起る前から、住民地域で頻発するこの種演習の事故を防止するため、投下演習の禁止方を、再三米軍当局に要請し続けたが、その要請が顧みられないままに強行し、遂に最も忌まわしい「隆子ちやん事件」が発生したときに、その憤激に堪え兼ねて関係当局に抗議すると共に、二度とこのような事件が発生しないため、万全の対策を立て、未然防止、安全性保持の可能性について、最善の努力を払うよう抗議した。
 しかにる、二度と同じ性質の事件が発生したことの教訓は。これまで再三抗議要請した真に人命が何ものにもかえがたく尊い、犯すべからざるものであるという人命の尊厳が犯され、かつ踏台にしていること。第二には、この投下演習が技術的に、演習から派生するこの種の事故を防止することが、不可能であつたという点である。
 当村議会は、このような投下演習の今日までの経過ならびに、演習事故発生の回数および事故内容を検討した結論として、このような事件を防止し得る手段は、次の事項以外にあり得ないことに議論の一致をみた。
 それは「米軍の落下傘投下演習を、住民地域内で実施することを、今後一切中止すること」である。
 当村議会は、前記の結論に基づく事項、すなわち、米軍の落下傘投下演習を、今後一切中止するよう読谷村議会の名において、抗議する。
   右決議する。
   一九六六年十二月一日
      読谷村議会
琉球列島米国民政府
   高等弁務官

米国第三一三空軍師団
   司 令 官

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