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1967年7月発行 読谷村だより / 2頁

普及員便り 考える農業とは

普及員便り 考える農業とは 
田場 典明
 読谷村担当の農業改善普及事業を命じられて就任わずか七ヶ月しかなりませんのでまだ詳しい事も分らずこれから農家の皆様のよいちえをかり共に工夫研究して本村の産業発展のために働かせて下さるよう御協力を御願いします。技術的な事は相当の紙面を要しますので詳しいことは実技指導や講習会並に懇談会で申し上げることにして、農業の基本なる心掛けのみについて記することに致します。
 農業経営の実態について男は他産業に吸収されて婦女子の方が多く農業に従事しているのが現状である。してみると、多数を占める婦人の農業知識と努力が農を與す基になると思う、何事をなすにも女が真先きになってすべてが発展するようである「女」の言は先きを現すもので「ミートンダ」「ミー牛」「ウー牛」や「ミー瓦ウー瓦」等めすをすを現わす表現は殆んど女から始まっている。男は強いようで又弱いものである。橋から牛を渡すとき牡牛を先きにして牡牛を後にしては牡牛は後を振り返って渡らない用である。牡牛を先に渡すと繩を離しても牝牛の後をついて喜んで渡るようである。農業の盛衰も此の通りで女が農業に熱心な家庭や部落は栄え、女が不熱心であればその家庭や部落は衰えると見て差しつかえない、戦後の優良部落は婦女子の方がまず農業に熱心で部落が栄えたのである。最近生活改善グループも農業改良に熱心で村全体的に生産意欲が高まって来つつある、その姿を見て喜んで此の拙文を書いた次第である。農は国の基と昔から言いつくされた言葉である。農工商或は第一次産業と真先に取り上げられている通り農業は最も尊いものとされている、どこの文明国にしても農業立国を叫んで居り、部落や家庭にしても農業の発達した処に栄えている事をながめる時に農業がいかに堅実な業であるかが知るのである。しかしながら戦後の建設期に於ては消費経済面の都市が栄えあるいは飲み食いをするサービス業が儲けて、汗水を流して働く農民の所得の低いことは誠に情けない事である。農業の経営は余程考えなければならない時代に来ている。考えようによっては他産業に負けない方法はいくらでもあると言える金は有限的なものタンクの水と同じで使えば使う程なくなるものである。然し土地は使えば使う程利益が殖えて湧水のようなものである。去った戦禍によってありとあらゆる宝を失ったが、残って我々を迎えてくれたのは、あれはてた田畑のみであった。農家の方々の活動舞台であるこの尊い土地と日々取組んではげむ農家の堅実な姿は農民以外に見られない弥栄の象徴というべきである。然らば農業はいかにすれば儲かり生活が楽に暮せるかその一端を述べることにする。
農業精神について
 武士には武士道精神がある通り農業精神があるべきである。農業精神のない人の農業なら三日坊主で終わってしまうはずである。まづ農業精神の第一法則とでも言うべきものは「土にほれる」事である。土に親しむ心のない人が農業出来るはずはない、女房にほれるごとく土にほれる事である。どこの篤農家を見ても不思議な程夫婦が仲よく又土をも愛している。これこそ家を愛し永遠のゆるぎない堅実で立派な聖業である。
現在の若い女性を見ると中にはトント鼻の見当もつかない程白粉を厚塗りして大いに流行がって居る者が相当見受けられる。祖先の残してくれた偉大な財産を捨てて都市方面に流れ、好まざるサービス業に身を転落して平気で働き手と威張っている。この様な者が農村婦女子にまでふえて来ることがあるとすればチフスや疫痢の伝染病より恐しいと言わねばなるまい。農業は都市の派手な消費経済面の仕事にくらべ至って地味で色も黒くなり時には手足も荒れるが、これこそ農業精神のこもった姿で色は黒くても白雪のように純白で尊い働く姿である。「色黒サアンチ我身ウセラ、ヤシガ ナミテ黒砂糖ヌ味ヤ知ラ二」と大いに誇ってよいのである。
考える農業について
 三良もマチヤーも汗水流して働く事には変りはないとして、三良は考えて働いているとすればこれが考える農民としての働きであり儲かる農業のあり方であるそれに反してマチヤーは考えずに働いているとしたらこれは五体の働きという所謂「骨折り損のくたびれ儲け」と言う事になりかねない。
 それで「考える農業」という事について今後村だよりに「普及員便り」という欄をもうけて農家の方と語り合って行きたいと思います。なお次号には品種について、「地力の増進」等を掲載いたしますのでよろしくお願いいたします。

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