普及員便り 考える農業品種について
読谷村担当普及員 田場典明
農業をするには品種の問題が先決である、昔から言われている通り「苗半作」とある。
苗デ半分、肥料三分 後ノ二分ハ、腕デ採レ
どんな作物を栽培するにも真先きに品種を選定する事が肝要である。年輩の方に申し上げると自分の一生を共に暮していく嫁を選ぶようなものであり、若い未婚の方なら夫や妻を選ぶように細心に考慮すべきである。品はなんでもよいと言う人なら男であれば誰でも夫にして結構、女にして差支えないと言うようなもので、相手を選ばない夫婦であれば決してよい将来は望まれない筈である。作物の品種も全くそのとうりである。
地力の増進について
「畜産なければ農業なし」と言うことは、言いかえると「肥料なくて農業なし」と言う事である。作物の増収は地力によるものである。そのよい例が甘藷のバイラス病の場合で地力の減退は病虫害の発生するもとであり、肥料なくして農業は成り立たないのである。
戦後は金肥の施用が著しく増加して推廐肥の施肥が少なく地力が衰えた事は琉球農業の将来のため誠に憂慮に堪えぬことである。田畑程正直なものはない、人間はややもすると、人の恩をわすれがちであるが田畑は決して人の恩を忘れないのである。農業で多くの収入をあげている精農家は、ほとんど推廐肥の増施に力を入れ、地力の増進に努力している。「儲かる農業は推廐肥の増施からである」。
考えない農業は自分の畑から、平気で泥棒をして居ようなものである。これは推廐肥を施さないくせに田畑から作物をしぼり取る農業で、これを奪取農業とか、掠奪農業と呼ばれている。此の様な農法は決して成功するものではない。如何に深耕し、細耕しても推廐肥の施用がなければ、仏つくって魂を入れないのと同じで人間に例えると、カーギ小やあてんタマシーぬねーならんと言われるのと何ら変わらないのである。「土むしならやか肥料むしなり」と昔の人はよく言ってくれた言葉である。
科学する心
甘藷の歴史は本土より沖繩は百年古いのに栽培技術は本土が百年も進んでいるようである。諸作物につていも其の通り科学する心がなければ昔ながらの原始的農業で徒歩でハイヤーと競争しょうとするようなものである。諸作物の三要素はどの程度か、適期はいつか土壊の風化の作用はどれ程収量に影響するか等あげればいくらでもある。諸作物すべてに科学する心がなければ作物はスクスクと伸びてくれないのである。
病害虫について
人間は四百四病あると言われているが、まだあるかも知れない作物の病気が二万害虫が二千あるようである。病虫害から作物を守る心がなければ決して増収は望まれないのである。病虫害のために作物もかゆい時もあり、痛い時もあり、死ぬ時もある。絶えず農薬で病虫害から被害のないように守り堅全なる作物を生育せしめて作物の増収は得られるものである。
暴風対策
琉球は台風のバスセンターで有難くないものが、よく来る島である、七、八、九月の暴風襲来は年中行事のようなものであり、これを只宿命の島としてあきらめて暴風から作物を守る工夫と努力がなされていないあるていどの被害をまぬかれる工夫はいくらでもある、防潮防風林はもちろんであるが甘藷にしては、四、五、六月頃にうんと植付けて暴風期までに十分根を強めておくこともあり、甘藷にしても暴風に強いVCO三一〇号を栽培する等、そ菜にしても各々の品種に毎に適する対策の方法がある。毎年襲来する暴風に不感症になって手をこまぬいて居ては農業の進歩は見られないのである。
農業の喜び
農業以外の職業は個人間に於いて競争が激しく殊に商業にしては、其の勝負の甚だしいものである、相手を倒すか、倒されるかの真剣勝負である。これに比べると農業ほど神聖なる職業はない、朝夕ノンビリとした平和な明け暮れを続けつつ豊作すれば互に喜び互に協力し、人の仕事も誉めて上げたり、自分の仕事も人に見せたり、スクスクと伸び行く、作物をながめつつ汗水流して働くその喜びは農民以外に味えない楽しみであり、「汗水ン流チ働ツル人ヌ心嬉シサヤ与所ヌ知ユミ」の歌のとおりである。以上述べた事は農業の基本的な心得の極く一部にすぎない。