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1968年12月発行 読谷村だより / 4頁

元気で頑張っています 本土で働く人たちからの便り 富士紡績で働く

元気で頑張っています 本土で働く人たちからの便り 
富士紡績で働く 新垣みつ子(高志保)
 村民の皆さん今日は、いかがお過ごしですか
 秋晴れの、空にそびえ立つ、富士山の下で私達は、今日も、元気で、働いています。
 私達が富士紡績小山工場に、入社してから、早くも、七カ月が過ぎましたそれで、仕事にも、ずい分慣れて来ました。
 私達の工場では、綿から糸を作り、それでもって布を織る。織上までやっているわけですが、私は織上科の方にいます。そこでは何台もの機械がずらりと並び、ものすごい音を立てながら次々と、布が織られていきます。入社当時は、現場を離れても、その音が聞こえるようで、他の人が話しかけても、なかなか聞きとれないほどでした。それから、仕事中は、立ちどうしなので足が、すごく疲れたものです。しかし、今では、音にも立つことにも慣れました。とにかく、慣れるまでが大変でした。
 仕事は、早番と、後番とがあって、早番の時は午前五時~午後一時三十分まで、後番の場合は、午後一時二十分~午後十時まででそれを、一週間、交代で、やっています。
 また、仕事以外の時間を利用して、私は学園へ通っています。一日、三時間授業で、四年間で高校卒業者としての資格が取れます。早番の時など、一時三十分で仕事を終え疲れきった体を、休める暇もなく、そのまま教室まで、持ち込んで授業を受けるわけですから、たまには、勉強が、ぜんぜん身に、入らない時さえあります。しかし、皆、この限られた、短い時間を、有意義に使っています。
 このようにいつも時間におわれ、一日一日を、過ごしているわけですが、日曜日などを利用して、バス旅行や、みかんがりもあります。
また、同好会の人達によって、バンド演奏などもあり、それに合わせて、ゴーゴーを踊ったりして一週間の疲れを、忘れさせています。
 苦しかった事、楽しかったこと、今までにも、色々ありましたが、人間生まれた以上だれでも、味わわなければいけない事でしよう。まして、初めて、社会にとび出した私達のような者は、今までの生活とは、まったく違うことだし、それ以上、苦しまねばならないと思います。  働きながら学ぶ、ということも、口で言えば簡単のようですが、実際、やってみれば、そんなにたやすいものではありません。
 しかし、学びたくても学べない、という人がこの世の中に多くいると思うと、その恵まれた環境の中でそれ以上あまえることが出来ません。
 また、働きながら学んで、りっぱに卒業していった人たちもたくさんいます。その人達に出来たことが、私達に出きないわけがありません。
 ですから是非、四年間は頑張り、高卒としての資格を得てから、沖繩へ帰って来たいと思います

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