厚生文化都市をめざす 読谷村経済開発基本構想(1)
一九七二年度本土復帰を一年後にひかえ、基地依存の経済からの脱却について、各方面から、いろいろの立場で論じられています。私たち読谷も同じく、村の進むべき方向(経済開発)を定めることが、今日最も大きい仕事です。
村で一九七一年に、財団法人、沖縄経済研究所に、読谷村経済開発基本構想の策定を委託し、その報告書が去る五月三〇日に村長にありましたので、その概要について、紹介いたします。この基本構想は、村当局から、村の特性、村の基本方向を提示し、それに基いて経済研究所が作成した、作業をすすめる段階で、アンケートによる村民の声の聴取、議会議員との意見交換、村との調整がなされた。報告書は、三部からなり、第一部、基本計画、第二部産業計画、第三部各論となっている。
計画策定の前提
(一)計画目標年度を一九八五年(昭和六〇年度)とする。
計画目標年度を一九八五年(昭和六〇年)としたのは、沖縄が本土復帰後は「全国総合開発計画」に第八番目の独立ブロックとして位置づけられ、この計画の目標年度が、昭和六〇年度であること、および十五年程度の期間で経済開発計画は策定した方がまとまったマスタープランが作成される。なお、これは上位計画や、関連計画との斉合性という面からも考慮して決定されたものである。
(二)人口収容規模を五万人程度とする。
計画目標年度の収容人口規模を五万人としたのは、中部広域圏内での位置づけと、近い将来予定されている嘉手納村との合併計画を前提とした。現在の読谷村の人口約二一、五〇〇人、嘉手納村が約一万三、〇〇〇人であるから、両村の合計は三万四、五〇〇人であり、両村に居住している外人約七、二〇〇人を含めると、約四万一、七〇〇人である。従って、一五年間に自然増、社会増を含めて、約八、〇〇〇人の増加を期待する。
(三)計画地域は読谷村を主にし、嘉手納村を付随的な関連地域として考える。
本計画でのさし当っての計画地域は読谷村の総面積、三二平方キロメートルであるが、付随的に関連地域として、嘉手納をも加えて考慮する。従って、計画目標年度での人口規模、土地利用計画、道路計画及び、公共施設等の諸計画も全て両村の合併後の広域化を考慮したものとなっている。
(四)計画目標年度までには、軍用地は全面的に開放されているものとする。
読谷村と嘉手納村は、その総面積の大半が軍用地や軍用施設で占められておりその接収率は各約80パーセントと、土地の接収率が高い中部にあっても極めて高いものになっている。
しかし、読谷村にある軍事施設は、ボーロ飛行場や、読谷飛行場でも示されるように、一部は遊休化しており返還の可能性が強い。
従って計画目標年度までには、軍用地の全面返還が行われることを前提とする。しかし、計画目標年度までには全面返還を前提とするものとしても、現実的には段階的にしか返還は行われないであろう。また、軍用地の返還が部分的なものであっても、この計画は何等矛盾しないようなものでなければならない。
五、中部圏の東海岸側においては、将来臨海性重工業が集積されるものとする。
沖縄の経済開発の新しい戦略拠点としてクローズ・アップされている中部圏はいろいろの角度から様々な開発構想が提起されているが、中部圏開発について、つぎのような基本方向を前提として考える。
※中城湾、泡瀬付近か、金武湾、屋慶名付近に、工業専門港が建設され、それを軸に、東海岸一帯に工業開発が相当規模に展開されること。
※「中核都市圏」の既存の中心都市であるコザ市は、将来とも商業機能及び都心的な機能をもったものとして整備開発されること。
※東洋最大の空軍基地としての嘉手納飛行場は、たとえ返還されない場合にも軍民共用が可能となること、また返還が行われた場合においては、民間国際空港として、日本本土、中国および東南アジアへの結接点として、日本本土、中国および東南アジアへの中継基地として、平和利用されること。
※以上三点の有機的組合わせを、東海岸地帯や、コザ市、および嘉手納飛行場との広域的結びつきによって、読谷村の地域機能を高めるよう計画する。
村の開発基本構想
(一)厚生文化都市を目標とする
読谷村には、清澄で美しい自然や、文化面での優れた伝統や、歴史がある。従って、村の開発の基本構想は、これらの読谷のもつ優れた自然条件や、文化的風土を生かした方向での開発が強く望まれる。そこで、基本計画を策定するにあたって、次の四点を開発の指針とする。
1 健全な生活基盤の確立
2 清澄で美しい自然の保持
3 都市的利便の整備
4 文化的環境の充実
これらの要素を相互にシステム化し、バランスのとれたものとして培養し、開発を進めなければならない。つまり、これらの四点は個々別々に考えられ、進められるべきものでなく、相互に関連し、くみ合せられるべきものである。
これらの要素を持っている都市像を一言で表現するならば厚生文化都市と名づける。
開発の基本態度
開発の基本方向としての厚生文化都市の構想を実現してゆく開発の姿勢として、次の三点をあげる。
①シビル・ミニマル(都民生活の最低基準)の確保
②生活と自然と生産の調和
③中部広域圏との適切な機能分担
もともと、地域開発は、地域住民のものであり、又長期にわたる総合開発計画も住民生活を主体としたものでなくてはならない。つまり、住民生活優先の原則を実現するようなマスタープランが要請されなくてはならない。
その意味で、私たちは、ここに、シビル、ミニマルの確保を厚生文化都市構想の基本姿勢を第一番目にかかげたわけである。