第八回村婦人主張大会から
不安定な社会生活の中から 儀間 仲宗根悦子
私が婦人会に参加してはや七年。妻として母親として、或いは一人の社会人として、めまぐるしく変わる社会情勢の中で学び感じとった事、そしてこの広い世界の中をいかにしてみんなが平和な社会を営んでいけるか、皆さんと共に考えて見たいと思います。
最近、海洋博という国の大きな行事を目前にして活気にあふれている今日ですが、ここ二、三ヶ年をふりかえって見ますと社会の急激な変化はいちじるしいものがあります。諸物価の値上がり、青少年の非行化問題、公害問題など、そればかりか、軍雇用員や基地労働者の転失業者もかなりふえております。それに、私達読谷村でも、あの弾薬処理場からとびちる破片問題軍用地の跡地利用、農業開発など、いろいろな困難な問題をかかえております。
人間生まれた以上、誰もが美しい環境の中で落ちついた幸わせな生活を願い、それに向って努力していると思います。だが、しかし最近の社会情勢をごらんになって下さい。もうかりさえすれば他人の迷惑など考えもせず、何事においてもお金で解決しようとする。世の中一歩外へ出れば自分の欲しいものがすべて手に入る。頭も使わずすべての面がオートメーション化されておりますね。ある意味では良いのですが・・・。
所で、最近とくに若いお母さん方に感じる事ですが母乳を与えると自分の体形がくずれる、やれ年よりくさく見えるなどと言い、子を産み、育てる私達母親だけに与えられた特権である母乳ですから、人工栄養にかわりつつあるのです。いわゆる自分達のわがままのためにそのスキンシップから得られる子供の知恵や健康の発達、親と子を結ぶ愛情のきずなを切断してはいないでしょうか。あの私達が幼かった頃、学校から帰るとウモクジポーポーやウモニィーなどでむかえてくれたお母さんのほんとうの姿。着るものや遊ぶものにしろ、すべてが手製であった。お年玉、セミ取り袋をもって友達と、あの田んぼ道をチョウチョウやトンボと追いかけっこしたっけ。いったい、あの情緒豊かな生活はどこへいったのでしょうか。そしてそのような生存競争のために、最近は子供達までが学校から帰ると熟だ、やれ何々教室などと追いまわされていはいないでしょうか。
このような社会の中で、私達はもう一度家庭で、或は職場でいったい何を考え、何を実せんしていけば良いのか、考えてみる必要はないでしょうか。
人民の為の人民が選んだ人民による民主主義社会。ですから良くなるにせよ、悪くなるにせよ私達にだって社会の流れを見守る義務と責任、そして生きる権利も充分あると思います。
たとえば日常生活をする上で多く用いられている食べ物、衣類、それから公共料金の値上がり、これがどこの家庭でも大きく影響、負担となっていると思いますいくらむり、むだのない生なれば生きんが為の国民戦争のくりかえしではないでしょうか。
日本国憲法、第9条にも活設計を立てても一人の収入に頼っていてはどうしてもやっていけない現状です外に出て働こうにも家におられるお年寄り、或いは子供の保育料問題などにからんできますから・・・。
物価と給料が比例して進めばよいのですが、たえず物価高の方が先走っている事を皆さんも実際に感じていると思います。むしろ、私達住民には上がる給料より、おさえる物価高作戦の方がうれしいのです。これに対処して私の家庭では三人の子供をかかえ内職や養豚などでどうにか穴うめをしておりますが・・・。
このままでは、このような社会不安から政治不信へやがてはこれらの未来の土台となる子供たちにまで不信感をいだかせ、非行に走らせる原因ともなりかねないのです。いわば、こう戦争放棄を定めてありますが、外国間より先に私達身ぢかに起きている小さなとう争から和解していかなければ、はかり知れない未来社会をいったい誰が、絶対戦争はおきないと確信をもっていえるでしょうか。
テレビや新聞などマスコミの発達している今日、世界中の誰もが戦争の悲惨さ苦しみを息つまる思いで感じていると思います。あの第二次世界大戦のきず跡すら今だかって尾を引いている現在、はたしてこれで戦争は終ったと言えるでしょうか。私の主人も三歳の時あのみにくい戦争の為に両親と幼なき兄弟を失った一人の犠牲者です。この精神的ショックはいったい誰にすがり、誰にいかりをぶちまけたらよいのでしょうかもう二度とこの様な社会の犠牲者や戦争犠牲者は絶対に私達の子供達からは出さないで下さい。その様な事について、日夜件や村あらゆる先輩方が努力なされている事も充分わかりますがそれ以上に私達個人個人も国民として平和の時に今後の平和を得られる様努力しどんなざい産にもまさる自分達の健康と生命の安全を確保する様努めなければなりません。今、身近に起きているあの爆薬処理場から飛び散る破片問題(最近ちょっとストップしておりますが、村民がだまっていると再びやりかねない状態で私達住民はおびやかされているのです。)テレビやラジオの音も聞こえないくらいとびかう飛行機のばく音公害、それに大型トラックからのじんふん問題など心安まる暇もない私達は皆んなが力をあわせ真剣に考え、知恵を出し合って自分達の手で一つ一つ対処していこうではありませんか。一致団結さえすればこの世に何も不可能なものはないと思います。主婦として、私達も一家のハンドルをにぎる以上社会への源である家庭がいこいの場としてなれる様努力し、常に勉強する事に年令や場所をえらばず、長い人生ですもの幾多の失敗や悲しみも人生において皆んなが味わう尊い試練だと思いいびしくも、ある時は暖かくもある社会生活の中で今後の社会、経済、文化の発展の為、お互いもちつもたれつつ協力し合って自分たちの手で住みよい社会生活、ましては家庭生活へ前進していこうではありませんか。