第十九回沖縄タイムス賞「自治賞」に輝く読谷村の概要(その2)
部落と住民運動
地方自治体としての読谷村の特長は、村民生活の基礎単位となっている二十二の字(部落)、それぞれ地域に根ざした自治的色彩の濃い生活共同体を形成、その中で活発な住民活動が展開されていることである。
各部落は、戸主会(部落常会)で選出された区長を統括責任者とし、そのもとに会計、書記を置いて運営されている。
部落運営について審議、取り決めを行なう委員数人が戸主会で選出されているが最高の議決機関は部落常会で、行事や部落活動はここで決められる。
部落全体の行事は、年中行事(生年祝い、学事奨励会、慰霊祭、エイサー、敬老会、区民運動会、共進会など)と相互扶助にわけられる。
相互扶助は、清掃活動、道ぶしん、冠婚葬祭の手助け、家の新改築などがある。特に、生活保護世帯に対しては、生活面の面倒をみたりすることもある。道路の補修や清掃には、村も積極的にテコを入れ、資材を提供するとともに、部落建設補助も出している。
こうした部落行事とは別に、年齢階層別、あるいは生活、生産関係、文化・社会教育部門別の住民活動団体があり、これが部落運営機関と相互に連けいをとりながら活発に活動している。
年齢階層別の団体には、老人クラブ、婦人会、青年団、成人会がある。老人会は、発足後すでに十年を迎えてその活動はきわめて安定している。行事内容は、主に老人自身の健康管理、相互の親睦、スポーツ、講習、研修と清掃、花園造りなどの地域社会活動などである。
現在では、老人自身の健康管理やレクリエーションだけでなく、地域社会への参加意欲が活動を通して形成され、労働交歓としての共同農園や民芸品、生活資料、説話の世代継承などが企画され、そのための老人福祉センターの建設要求が出され、村当局もその建設に取り組んでいる。 婦人会は、もっとも多くの会員を有し、その活動範囲も広い。村婦人会の結成は、大正三年で、七十年の歴史と伝統をもっている。当時は婦女子の義務教育がようやく緒についた時代でこの時代を背景に沖縄における村婦人会の第一号であったといわれる。
定例行事として婦人主張大会、バレーボール大会、美化コンクール、ガン検診健康診断その他があるほか手芸、着付け、生け花などの講習会、婦人学級、家計簿研究、栄養講座、料理講習などの講習や講座もやっている。これが村婦人会段階で定着しているが、各字段階ではこのほかに村内外の他の婦人会との交流、社会見学なども行っている。
青年団も、老人クラブ、婦人会と同様に村青協と各字での団体にわかれ、相互協力の中で活動を展開している。老人クラブが世代の継承的な位置にいるのに対して、青年団は現世代の建設にたずさわり、その活動も意欲的なものが多い。
生活関係の活動団体として生活改善グループと農協婦人部が各字単位に組織されている。生改グループは農業改良普及事業の農村生活の改善部門として、普及員の指導のもとに生活改善の研究、実践グループとして活動している。
農協婦人部も、組織は異な■が活動そのものは生改と同じで、戦後まもないころは、改良カマドの普及、流しの流入など取り組み、これを克服すると冠婚葬祭などの行事の簡素化、食生活の改善、家計簿の記帳、家庭菜園造りなどに取り組み、それぞれ成果をあげている。
生産関係の団体は、農業実行組合、農研クラブ、大家畜組合、養豚組合などすべて農業生産団体で、農産物の品評をしながら品種の改良、新しい作目、技術導入、奨励などにつとめている。
文化・社会教育関係は、教育隣組、地域子供会、体協などほとんどが子供の教育が中心。
このように、読谷村で、部落共同体が存立し、しかも旧来の部落意識による結合から脱皮した新しい運営と活動が行われている。
村は、この自治組織であるコミュニティーがもっているエネルギーを尊前隊の開発に活用するためそれを母体とした「社会計画」(うふにし結立の道)を策定、実施に移す計画を立てている。