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1976年7月発行 広報よみたん / 2頁

さあ・・・みどりを呼びもどそう モクマオ5、000本を植栽 残波の里に500名参加 昔は琉球松の群生地 -恋の語らいに特等席-

さあ・・・みどりを呼びもどそう
モクマオ5、000本を植栽 残波の里に500名参加
 みどりは私達ちが生活してゆくうえでなくてはならない大切なものです。このかけがえのない緑をふやし村民の心にうるおいを・・・という目的で村は去る六月二〇日の父の日、残波岬において大植樹祭を催した。
 この日はつゆ明けのさんさんと照りそそぐつよい日ざしの中、老人クラブ一二七人、婦人会一三〇人、青年会一〇〇人、役場職員外一般村民一五〇人、計五〇〇人余が参加しモクマオの苗木五、〇〇〇本を植栽した。今回植栽された場所は元ナイキ発射台が取りつけられていた一帯です。
 この日の午前九時三〇分山内徳信村長、儀間玉永村老人クラブ会長、古謝悦子村婦人会長、池原正新読青協会長によるくわ入れ式ではじまり、幅二メートル、長さ七〇〇メートルにおよぶ万里の長城ならぬグリーンベルト大作戦が展開された。苗木は一人当り平均十本、中には二〇本以上も植栽するガンバリ屋さんもいた。モクマオは成長の早い樹木とあって十年後には大樹に成長し、残波の潮風とすがすがしいそよかぜを村内に運んでくれることであろう。
 植栽後はきれいに灌水しすくすくと生長してほしいと願う参加者の顔には笑顔がみなぎりすこやかさいっぱいだった。植樹後の参加者全員にストレリチャーの苗木を贈り労をねぎらいました。

昔は琉球松の群生地 -恋の語らいに特等席-
 「上り、下り口説」で有名な残波岬は本村の西の半島にあってその断崖絶壁は三〇メートルにおよび、これにぶち当って砕ける波涛はまさに雄大である。また航路の安全標識ともいえる沖縄一の無人灯台もあり休日ともなれば行楽客でいっぱいになる新名所でもある。
 この残波岬一帯は戦前琉球松やソテツがうっそうと群生し自然に恵まれた風光明媚なところであり、明治の青年はよくここで残波の潮騒を聞きながら恋を語らったという。
 だが、第二次大戦の戦火によってほとんどの樹木が焼き払われ、昭和四九年十一月の開放時まで米軍の実射演習場と使用され、表土は赤はだむきに出し昔を語らう面影はどこにもない。
 しかし、この地は、中部の海洋レクリエーション拠点である恩納海岸と中部都市圏との接点にあり、二〇万坪余の芝地は県下随一であり、夏ともなれば内外の行楽客でにぎわいをみせるところです。
(写真)-さあ!みどりを呼びもどそうと老若男女五〇〇名余が参加したグリーンベルト大作戦。

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