昭和50年国勢調査の結果まとまる 総人口二四、二三二人 対前回比十三、二%増
昭和50年10月1日全国一斉に実施された国勢調査の結果の公表が先に総理府統計局から発表された。これによると読谷村の国調人口は24,232人(男11,855、女12,377)と確定した。同国調結果を昭和45年国調に比較した場合2,822名の人口増加を見せ、その伸び率は13.2%とかなり高い伸び率である。
人口規模から見ると、県内53市町村の中で第11位、町村別で見ると豊見城村に次ぐ人口である。人口密度は(村面先34.47k㎡)703人で県平均464名に比べ、かなりの過密度となっている。
昭和五〇年国調人口を大正九年の国詞人□(一六、一五七人)に比較した場合八、〇七五人の人口増加を見せ、その伸び率は実に五〇%。わずか半世紀で一・五倍近くの人口増加を見せている。
国勢調査は五ケ年ごとに実施されている国の大規模な調査で、その期間の伸び率の最高は昭和三〇年国調の十三・四%。今度の国調はそれに次ぐ高い伸び率である。
近年の国調人口の伸びを見ると昭和四〇年国調は四・三%。前回昭和四五年国調は四・一%である。これらに比較して昭和五〇年国調の伸び率十三・二%はかなり高い伸び率である。その主なる原因は、読谷村の中心部を国道、県道が縦横に走り、又生活道路である村道の整備が着々と進み、車社会の到来によって読谷村は中南部都市圏の通勤距離範囲内にある。その中で本村は生活環境にすぐれ生活拠点地としての好条件下にあり、ここ数年間の村外からの人口の流入は著しいものがあり、また自然動態人□も着実に増加したことが高い伸び率を見せた主なる原因である。
次に年齢別人□を見ると一番多い年齢階層は○歳~四歳までの二、七一二人(十一・一九%)である。次に十歳~十四歳までの二、七〇七人(十一・一七%)と続いている。これを三区分、年少人口(○歳~十四歳)、生産年齢人□(十五歳~六四歳)、老年人口(六五歳以上)とに区分して見るとまず年少人口が八、○〇四人(三三・二%)生産年齢人□一四、三五二人(五九・○九%)老年人口一、八七六人(七・七一%)である。これを昭和四五年国調に比較すると年少人口で三・七%増、生産年齢人口で十九・四%増、老年人口で十二・二%の増加を見せ、とくに生産労働力人口の伸び率はかなり高い。
労働力状態 経済不況の中
読谷村の十五歳以上の人口は一六、二二八人である。その内労働力人□は八九三八人、就業状態人口は七九八○人である。就業人口を産業別、就業者の分布を見ると、最も就業者の多い産業はサービス業で二二八三人(二八、六%)次に御売小売業の一五七七人(十九、八%)建設業の一四七〇人(十八、四%)農業の九九八人(十二、五%)製造業の五九三人(七、四%)運輪通信業の四五八人(五、七%)の順となっている。
次に産業を第一次産業、第二次産業、第三次産業の三部問にまとめ、その就業者の割合を見ると、第一次産業に一、〇二八人(十二、九%)第二次産業に二一二九人(二六、七%)第三次産業に四、八二三人(六〇、四%)就業している。これを昭和四五年国調に比較すると第一次産業で十、六%とかなりの減少を見せ、第二次産業では逆に七、七%増加、第三次産業は二、九%の増加を見せている。一方、失業状態を見ると、近年の経済不況をもろに受け、労働力人口の十、七%にあ
※表「7.人口の推移(国調年次)」は原本参照