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ふる里の再建-渡具知部落 ▲
今から二四年前渡具知部落は米軍の無情な仕打ちにあい祖先伝来の土地、家屋を奪われ、現在地へと強制移住させられた。
現在地はほとんどが借地住まいゆえ生活不安は高まるばかりである。その中で、昭和四七年「ふる里を取り戻そう」運動が村ぐるみで展開され、昭和四八年九月十九日夢にまで見たふる里が返還された。だが、家屋、道路はおろか井戸などの区画形質は無残に破壊され、軍用地という名の残忍さは目をおう程であった。しかし、ふる里には変りない「ふる里の再建」をとの盛り上がりの中で山内村政はトリー通信施設跡の転用計画を策定。それに基づいて渡具知集落整備事業計画を進め、一三一戸分の宅地区分の計画がなされた。
今ではすでに七戸の家屋建築が進められ、道路(今年度)、電気、水道(七月着工)などの整備も進められようとしている。
各小中学校に体育館完備 ▼
「知育」「徳育」「体育」は本村のめざす教育目標である。
ことに体育館の整備充実は児童生徒の体育・文化活動の場とされ、村内すべての学校に体育館は建設されました。
体育館は児童生徒だけのものでなく青年会、婦人会等、地域社会のスポーツの発展のために大いに活用されております。
めざましい学校教育環境の整備 ▲
教育は国家百年の大計であり国の方向性を決定づける重要な役割を果すものです。
本村の将来の発展は教育にまつ以外にありません。人間の教育的開発なくして世の中の進歩はありません。そのような観点から本村の学校教育環境の整備はめざましいものがあり、村の予算の約40%以上は教育予算にあてられています。
村立歴史民俗資料館堂々開館 ▼
古城座喜味城跡のふもとに建設された県下で初めての村立歴史民俗資料館は昭和50年5月18日に堂々オープンした。
現在では民俗資料、考古学資料あわせて約7000点を収蔵し1日約100名の来館者でにぎわっている。同資料館は生きた民俗学の研修の場として内外に広く知られています。
座喜味城跡公園の整備 ▲
護佐丸の居城座喜味城跡は昭和47年5月15日重要文化財に指定され整備作業が進みつつあります。それに並行して城跡周辺の公園整備も着々と進んでいます。琉球松の群生する緑多き古城「座喜味城跡公園」は村民のいこいの場として、情操豊かな人間形成の場として多くの村民からよろこばれています。
※写真は原本参照